在原業平の和歌が名の由来の向島名物「言問団子」

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在原業平の和歌が名の由来の向島名物「言問団子」

桜の季節に欠かせない、まん丸な紫・白・黄の三色団子

東京都墨田区の向島と台東区浅草にまたがる隅田公園界隈は、隅田川沿いに見事な桜並木が続き、花見の名所として有名です。この桜は、1717年(享保2年)、8代将軍徳川吉宗によって植樹されたのが始まり。当時、花見といえば、現在の上野恩賜公園のあたりが中心でしたが、この地域には徳川将軍家の菩提寺である寛永寺があり、花見客が飲んで騒ぐのがはばかられたため、庶民が楽しめる新たな桜の名所として、吉宗が隅田川の土手に桜を植えることを命じた、と伝えられています。隅田川の花見に欠かせない向島名物といえば、まん丸で、小豆色、白、黄色の三色が目にも楽しい「言問団子」です。

創業は江戸時代末期。植木商を営んでいた初代、外山佐吉が考案した団子で、「言問団子」の名前は、在原業平が詠んだ和歌「名にしおはゞ いざ言問はむ都鳥 我が思ふ人はありやなしやと」にちなんで名づけられました。外山佐吉は文学に造詣が深く、数多くの文人たちと交流があったそうです。大正、明治、昭和にかけても、店は多くの作家に愛され、童謡詩人の野口雨情が来店し「言問団子」を食べた際、「都鳥さへ 夜長のころは 水に歌書く 夢も見る」と詠み、その歌を刻んだ歌碑が現在も隅田公園に立っています。また、店内には、中里恒子、平林たい子、圓地文子、宇野千代、大原富枝、森田たま、吉屋信子といった女性作家たちが寄せ書きをした色紙が飾られています。三色の団子は、米粉の餅を小豆のこし餡と白餡で包んだもの、白玉粉の餅に味噌餡を入れ、くちなしの色素で黄色く染めた求肥で包んだものの3種類。やわらかくきめ細かな口当たりの団子は、桜の季節はもちろん、いつ食べても幸せな気持ちになれる逸品です。

在原業平の和歌が名の由来の向島名物「言問団子」

※掲載情報は 2015/03/10 時点のものとなります。

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キュレーター情報

岸朝子

食生活ジャーナリスト

岸朝子

大正12年、関東大震災の年に東京で生まれ、女子栄養学園(現:女子栄養大学)を卒業後、結婚を経て主婦の友社に入社して料理記者歴をスタート。その後、女子栄養大学出版部に移って『栄養と料理』の編集長を10年間務める。昭和54年、編集プロダクション(株)エディターズを設立し、料理・栄養に関する雑誌や書籍を多数企画、編集する。一方では、東京国税局より東京地方酒類審議会委員、国土庁より食アメニティコンテスト審議員などを委託される。
平成5年、フジTV系『料理の鉄人』に審査員として出演し、的確な批評と「おいしゅうございます」の言葉が評判になる。
また、(財)日本食文化財団より、わが国の食文化進展に寄与したとして食生活文化金賞、沖縄県大宜味村より、日本の食文化の進展に貢献したとして文化功労賞、オーストリア政府より、オーストリアワインに関係した行動を認められてバッカス賞、フランス政府より、フランスの食文化普及に努めた功績を認められて農事功労賞シュバリエをそれぞれ受賞。
著書は『東京五つ星の手みやげ』(東京書籍)、『おいしいお取り寄せ』(文化出版局)他多数。

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