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昔ながらの製法で作られる素朴な味わい
東京・四ツ谷にある「坂本屋」は、1897年(明治30年)に創業した老舗の和菓子店です。和菓子の専門店ですが、この店のおすすめは、「かすてら」。そもそも、カステラは、スペインで誕生したとされ、日本には、室町時代末期、ポルトガル人によって長崎に伝えられました。そのため、いまも長崎の銘菓としてよく知られていますが、江戸時代になると、大阪や江戸でもカステラが作られるようになり、茶席などでも用いられました。それほど歴史のある菓子ですから、洋菓子店だけでなく、和菓子店の名物なのも納得できます。
「坂本屋」の「かすてら」は、卵、砂糖、小麦と、いずれも吟味した材料のみを使い、昔ながらの製法で、毎日、1枚1枚ていねいに焼き上げたもの。手作り感あふれる素朴な味わいで、底のザラメ糖のシャリッとした食感も楽しめます。店内では、ガラスケースにふっくらと焼き上がった大きなカステラが何枚も並び、それを店の奥で定規をあてて大きな包丁で切り分ける様子が眺められます。
私は、はじめて「坂本屋」の「かすてら」を食べたとき、子どものころに父が買って来てくれたカステラの味を思い出しました。私の父、宮城新昌は、牡蠣を海中に吊して育てる垂下式養殖法などを考案した人で、牡蠣の養殖法を研究するため、アメリカ・ワシントン州に留学していたことがあります。父は食べ物に関心が強く、アメリカで暮らしていたこともあって、よく、洋食を食べに連れて行ってくれたり、お土産にカステラなどの菓子を買ってきてくれたりしたものです。いまとなっては、父が買って来てくれたカステラがどのお店のものだったのかは分かりませんが、「坂本屋」の「かすてら」は、当時を思い起こさせる懐かしい味わいで、嬉しくなりました。
※掲載情報は 2015/01/30 時点のものとなります。
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キュレーター情報
食生活ジャーナリスト
岸朝子
大正12年、関東大震災の年に東京で生まれ、女子栄養学園(現:女子栄養大学)を卒業後、結婚を経て主婦の友社に入社して料理記者歴をスタート。その後、女子栄養大学出版部に移って『栄養と料理』の編集長を10年間務める。昭和54年、編集プロダクション(株)エディターズを設立し、料理・栄養に関する雑誌や書籍を多数企画、編集する。一方では、東京国税局より東京地方酒類審議会委員、国土庁より食アメニティコンテスト審議員などを委託される。
平成5年、フジTV系『料理の鉄人』に審査員として出演し、的確な批評と「おいしゅうございます」の言葉が評判になる。
また、(財)日本食文化財団より、わが国の食文化進展に寄与したとして食生活文化金賞、沖縄県大宜味村より、日本の食文化の進展に貢献したとして文化功労賞、オーストリア政府より、オーストリアワインに関係した行動を認められてバッカス賞、フランス政府より、フランスの食文化普及に努めた功績を認められて農事功労賞シュバリエをそれぞれ受賞。
著書は『東京五つ星の手みやげ』(東京書籍)、『おいしいお取り寄せ』(文化出版局)他多数。