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シャンパンは飲む楽しみだけでなく、メゾンごとに趣が異なる王冠(ミュズレはシャンパン瓶の口金を止める針金のこと)の洒落っ気にもこころ引かれます。
今回フォーカスしたポル・ロジェの最高級レンジ『キュヴェ サー ウィンストン チャーチル』は、第2次世界大戦でドイツに立ち向かい、イギリスを勝利に導いたウィンストン・チャーチル元首相にまつわるシャンパンです。
ラベルの色は海軍出身だったチャーチルにちなんだ濃紺と臙脂(えんじ)で、王冠には彼の肖像画が描かれています。また、ラベルの上部にはエリザベス女王陛下から授与されたロイヤルワラント(英国王室御用達)の記載もあります。
現行ヴィンテージは2004年!
3月に来日したローラン・ダルクール社長は、単独取材の折、「2004年は質量ともに素晴らしく、まさに“神に祝福された年”」と語っていました。品種はピノ・ノワールとシャルドネですが、ブレンド比率は一切公開されていません。
チャーチルは力強いタイプが好みだったので、私はピノ・ノワールのほうが若干多いのではないかと推察しています。
2004年は初リリースから数えて15番目のヴィンテージ。長い熟成に由来するきめ細かい気泡は口中でも滑らか、グラス内の温度変化で力強さと複雑味と長い余韻。チャーチルの男気を反映しているようなシャンパンと言えます。
チャーチルを魅了したシャンパンとオデット・ポル・ロジェ
シャンパン愛好家だったチャーチルは1908年からポル・ロジェを愛飲していましたが、最初に飲んだのは1895年ヴィンテージでした。
同メゾンとの交流が始まったのは1944年のこと。パリの英国大使館で催された休戦日のパーティーで創始者の孫ジャックの妻オデット・ポル・ロジェを紹介され、美しい彼女はチャーチルに1928年のシャンパンを披露しました。エレガントなオデットが薦めた力強いポル・ロジェのシャンパン!
この出会いから、チャーチルと同メゾンの関係が始まりました。
1965年にチャーチルが逝去し、その後、彼の末娘との話し合いで、オマージュシャンパンが誕生することに。1984年6月にリリースされた『キュヴェ サー ウィンストン チャーチル1975』で、その時のお披露目会場はチャーチルの生家ブレナム宮殿でした。
競馬を好んだチャーチルは愛馬に“ポル・ロジェ”と命名しています。
チャーチルは心底、ポル・ロジェのヴィンテージ・シャンパンに魅了されていたようです。
ちなみに、オデットの曾祖父は、美術コレクター、慈善家のリチャード・ウォレス卿。ウォレス・コレクションで知られていますが、気品あるオデットと2人の姉妹も“ウォレス・コレクション”と呼ばれていたとか。
“おいしい”言わしめる最高のシャンパン造り
2014年の訪問時、自国フランス、縁が深いイギリス、そして日本の国旗を飾って出迎えてくれました。光栄なる友好の証です。先述したダルクール社長が、偉大なヴィンテージと語っていた1988年のウィンストン・チャーチルもありました!
好きか嫌いかは主張しても、細かいことは何も聞かなかったし、言わなかったチャーチル。
ダルクール社長は「チャーチルが飲んでいたヴィンテージ・シャンパンは毎回同じレシピで生産していたわけではなく、“その年、その年の最高のシャンパン”と言えるものを造っていた」と話していましたが、その姿勢は今でも変わっていません。すなわち、チャーチルが生きていたら「おいしい!」と言わしめるシャンパン造りです。
違いがわかる男に薦めたい、一緒に飲みたいシャンパン。
それが『キュヴェ サー ウィンストン チャーチル』です!
※掲載情報は 2017/04/06 時点のものとなります。
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キュレーター情報
ワインジャーナリスト
青木冨美子
NHK、洋酒メーカーを経て、現在フリーランス・ワインジャーナリスト。(一社)日本ソムリエ協会前理事、機関誌『Sommelier』前編集長。17世紀、3つのコトー(丘陵斜面)で造るシャンパンの愛好家によって組織された「オルドル・デ・コトー」が起源の由緒ある団体『シャンパーニュ騎士団』から2009年5月シュヴァリエ(騎士)受章、2012年5月には、オフィシエ(将校)受章。2013年4月オーストラリアワイン名誉スペシャリスト受賞、ワイン本の執筆や監修、企業向けのワイン講師。『NHK文化センター青山校』、『ホテルオークラ ワインアカデミー』専任講師。Facebook『ワインのこころ Non Solo Vino版』でワイン情報発信中。著書に『おいしい映画でワイン・レッスン(講談社)』、『映画でワイン・レッスン(エイ出版)』監修『今日にぴったりのワイン(ナツメ社)』ほか。