ベレー帽の似合う老舗こけし屋の味わい方

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美空ひばりが「悲しき口笛」を唱い、多くの日本人が映画「青い山脈」に酔いしれた戦後の西荻窪に「こけし屋」は生まれました。地元の人々はハイカラなフレンチと洋菓子に新しい時代の息吹を感じ、誕生日に、クリスマスにと家族の小さな幸せをここのケーキで彩ってきました。「どんなに話題のスイーツを食べても、うちは結局この味に戻ります」と語るのは、地元の東京女子大学に通うSさん。祖母から三代の「こけし屋」の味わい方を聞きつつ、私も久しぶりに味わいました。

粉だらけレベル1 クロワッサン・オン・ザマンド

ベレー帽の似合う老舗こけし屋の味わい方

【老舗の味をもっとおいしく】
アーモンドが落ちないようにひとつずつ空気をいれてふくらませたビニール袋に入っています。でも、多少テーブルが汚れても大胆に食べるとおいしさの重なり具合がよくわかります。まず周囲のサクサクを味わいつつ、中にいきつくと立派なスイーツのクロワッサン。焦げている部分をザクザク食べると、おいしさと懐かしさで舌が覆われ、鼻に抜けていくのです。「このままでも十分美味しいけれど、トースターで温めなおすともっと美味しくなるんですよ」と教えてもらって、早速家で試してみる。「焦げすぎないように」との注意を守ってていねいに焼くと、甘い香ばしい匂いが部屋の中に広がりました。

 

おいしいものをさらに美味しくする工夫を家庭で育んでいる。これが老舗の味であり、長く愛される秘訣なのでしょう。

ベレー帽の似合う老舗こけし屋の味わい方

【ベレー帽の似合う味】
こけし屋の包装紙や箱には、鈴木信太郎氏の描いた西洋人形のような女性が描かれています。今の感性では真似することすらできそうにない素朴で知的な味わい。西荻駅前には鈴木信太郎氏をはじめベレー帽をかぶった画家達たちが集い、こけし屋で芸術論議を交わしていたそうです。ふと見るとSさんの頭にも紺色のベレー帽が乗っていた。それを指摘すると「地元の子ですから」とにっこり笑い、またクロワッサンにかじりました。

 

ベレー帽の似合う味。それが「こけし屋」のスイーツなのです。

粉だらけレベル3 ミルフィーユ

ベレー帽の似合う老舗こけし屋の味わい方

【祖母の食べ方で食べています】
「ここまでくると、外で食べるのは困難ですね」と笑うSさん。二人で懸命にサクサクと食べ進む。思い返せばもう何十年の前になり大学時代に同じ経験をしていたなぁと振り返ってしまいます。ミルフィーユの層の中に「失われた時」までが折り込まれているかのよう。

 

「うちでは半日くらい経って少ししっとりさせてからよく食べます。私は一日ほどおいて、もっとしっとりしたのが好きなんですけれど、祖母が半日くらいの方が好きなんです。妥協するのは私の方で、祖母と母と三人で半日おいたのを食べています」しっとりするとフォークで切るのが困難になるそうです。切れ味のいいナイフで食べるのは母が一番うまいと教えてくれました。三代がテーブルを囲んで、いつものスイーツをいつものようにナイフで切って食べている。こんな風景こそが、この土地、そして「こけし屋」が育んできた文化なのではないでしょうか。

 

【朝とこけし屋】

ベレー帽の似合う老舗こけし屋の味わい方

「こけし屋別館テラスレストラン」

 

こけし屋では、毎月第二日曜日に「グルメの日曜朝市」をやっています。すでに様々なところで紹介されていますが、500円で老舗のオムレツや子羊の炭火焼が食べられるとあって多少の雨でも大にぎわい。もちろんテイクアウトも可能です。「朝市に行って、温かいあさりのスープやオムレツを食べて、スイーツを買って帰る。こんな贅沢なもう20年以上も続けていると、ここを離れるのが本当に寂しいですね」というSさん。4月からは、社会人としてこの土地を離れるという。

 

「帰ってきたら、やっぱり『こけし屋さん』のスイーツを食べると思います。そのときは、一日寝かしたミルフィーユが食べたいな」と言って素敵な笑顔を見せた彼女は、結婚してもずっとこの土地に住んで、次の代にも「こけし屋」の味を伝えたいと語ってくれました。

※掲載情報は 2017/03/26 時点のものとなります。

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キュレーター情報

ひきたよしあき

スピーチライター/コラムニスト

ひきたよしあき

(株)博報堂で、広告クリエーターとして働くかたわらで、「朝日小学生新聞」などにコラムを書いています。出張、撮影、講演で全国を回りながら、おいしいものを送ったり、頂いたり。誰かに何かを送ろうとする時、そこに素敵なエピソードが生まれます。高い安い、有名無名に関わらず、できればその一品にまつわる物語までお伝えしようと思っています。皆さんからの情報もお待ちしています。主な著書「あなたは言葉でできている」(実業之日本社)「ゆっくり前へ ことばの玩具箱」(京都書房)「大勢の中のあなたへ」(朝日学生新聞社)

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