精進潔斎

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2017/01/07 公開

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精進潔斎

清浄が香り立つ唐菓子

普段さほど信心深くない人でも、新しい年のはじめは初詣があるおかげで神社仏閣を身近に感じるのではないだろうか。近所の、あるいは好みの寺社に赴き、静かに手を合わせる。大勢の初詣客で賑わっていても、その瞬間は静寂が訪れるから不思議なものである。私は長らく芝・増上寺に詣でているが、ここは東京タワーの至近ということもあってか、外国人も多く見かける。お参りをするというよりは、観光に近いのだろうか。カメラを構えて写真を撮っている外国人も多い。老若男女が大勢お参りに来ている光景を、外国人の目はどのように捉えているのだろうか。

 

ところで新春の初詣といえば、現代では参拝の際の祈願は個人個人の願い事の成就を祈るのが当たり前だが、柳田国男『日本の祭』(角川文庫)によれば、近世以前の祈願は村などの共同体単位で行うのが一般的であったという。村内安全、五穀豊穣といった共同体の祈願は、神々に降りてきてもらいそれをもてなすというかたち、すなわち祭りとして行われていたが、江戸時代に入ってからは都市部への人口流出、職業の多様化などにより個人の願い事が台頭してくる。簡単にいえば「村内安全」から「家内安全」へ、「五穀豊穣」から「商売繁盛」へ、ということである。むろん、祭りは祭りとして現存するものはたくさんあるので、それらに個人的な祈願の機会が加わったと考えるのが妥当なところであろう。

 

この『日本の祭』には、日本における祭りの変化、祭りの構造の重層性などが、主に神道と関連づけられて記されている。先にも述べた通り、祭りそのものは今も各地で行われているが、時間の経過とそれに伴う生活様式の変化が祭りの在り方にも影響を及ぼしているというのは想像に容易い。本書では、そうしたものの顕著な例として「物忌み」を挙げている。物忌みとは、ごく大雑把にいえば神事=祭りの前に心身ともに穢れを落とし、神を迎える準備を整えること。祭り当日よりも何日か前から物忌みの期間として「お籠り」をし、自身を神の前に出ても問題のないように清める行為だ。物忌みにはさまざまな禁忌があり、もともとは「七日または八日の間を、祭の勤仕に適する状態を作り上げるに必要と考えた」(『日本の祭』所収「物忌みと精進」)とあるように、相当の日数を要したものだが、時代の変化や「祭」と称されるものの増加によって簡略化、合理化され、現在に至る。神道では水で清めるという考えがあって、神の前に出る祭りに際しては「禊(みそぎ)」をするのが常だったが、これをコンパクトにしたものが神社にある手水鉢なのである。 

 

物忌みや禊は今の我々の日常生活においてはなかなか縁のないものだが、それを作るにあたって精進潔斎するという菓子がある。京都「亀屋清永(かめやきよなが)」の「清浄歓喜団」である。清浄歓喜団は「略してお団と言い、遠く奈良時代遣唐使により我国に伝えられた唐菓子の一種で、数多い京菓子の中で、千年の歴史を昔の姿そのまま、今なお保存されているものの一つ」(本体に封入の「清浄歓喜団の由来」より)。遣唐使が仏教とともにもたらした唐菓子は「からくだもの」と呼ばれ、このうちの「団喜」がこちらの清浄歓喜団である。元来は天台宗、真言宗といった密教のお供え物として用いられ、そのお下がりを貴族などの限られた身分の人だけが食することができたという。

精進潔斎

漢方薬か何かを思わせる黒箱に、金の箔押しで「清浄歓喜団」と品名が書かれている。この文字は第253世天台座主・山田恵諦(やまだ・えたい)の筆。こんなところからも密教との結びつきが感じられる。蓋を開けると、個別に包装された菓子が収まっている。ひとつの高さは4~5cm程度だろうか。一般的な和菓子とは異なる形状にまず驚かされる。持ってみるとずっしり重い。ビニール包装から中身を出すと、ほのかにお香のような匂いが立ち昇った。

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伝来当時の清浄歓喜団の餡は栗、柿、あんずといったものを甘草、あまづらなどの薬草で味つけしていたそうだが、江戸時代中期に小豆餡(こし餡)を使うようになった。小豆餡といっても小豆だけでなく、白檀など清めの意味を持つ7種類のお香を練りこんでいる。取り出したときの香りの正体はこれだった。まわりの皮は小麦粉と米粉からできていて、これで先の餡を包み、胡麻油で20分揚げるそうだが、皮はカチカチに堅い。

 

餡の入った下部からナイフを入れると、思いのほかスッと切ることができた。切ると一層お香の匂いを感じる。甘さは控えめで、揚げるときの胡麻油の香ばしさもしっかりとあるが、やはりなんといってもお香の存在感がひと口ごとに広がるのがいい。安っぽくない、高貴な香り。この清浄歓喜団を製造する亀屋清永は、創業が1617年(元和3年)という老舗で、古くから御所や寺社、あるいは諸藩諸侯へ出入りしていた。清浄歓喜団の製法は比叡山の阿闍梨から伝えられたというから、天台宗との関わりも深いのである。独特な形状の上部は、8つの結びになっており、これは八葉の蓮華を模したもの。袋状になっているのは、歓喜天が手に持つ砂金袋に由来している。製法はいうまでもなく一子相伝、門外不出であり、清浄歓喜団を作ることができるのは亀屋清永のみ、その中でも当主とその直系だけである。

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月のうち、1日と15日を中心に調製されるという清浄歓喜団だが、作る際は白い割烹着の上から全身にお香を塗って身を清めるだけでなく、前日から肉、魚、ねぎ、にんにくなどを断ち、精進潔斎して臨むのだそうだ。なるほど、ここまでやらないと歓喜天にお供えすることはできない。なにしろ歓喜天は清浄と甘みを好むのだから。ちなみに歓喜天の起源であるヒンドゥー教のガネーシャの好物は「モーダカ」というインドの伝統菓子で、これが中国に渡り、日本に伝わったのが清浄歓喜団といわれている。本体の形状はよく似ているが、上部の八葉の蓮華モチーフは、おそらくだが中国オリジナルのように思う。

 

注意深く読んでもらえればわかるが、この文章の前半は神道、後半は仏教の話である。物忌み、後には精進と呼ばれることばは、神道、仏教どちらでも使われるものの、その意味合いには違いがある。すなわち、「たとえば仏法ではいっさいの動物質の食物を口にするを嫌うが、神道の精進で忌んだのは獣の宍(引用者註:肉のこと)と血のみ」であり、「さらに積極的な側から言うならば、神道の方では水の力すなわちその物を洗い濯ぐ性能を非常に重んずるが、他の一方は水の不自由な土地に始まった信仰であるゆえか、水よりもむしろ香を重んずる」(「物忌みと精進」)。神道と仏教におけるこうした差異は、清浄歓喜団の出自を考える上では実に興味深い話である。清浄歓喜団は京都以外でもいくつか購入できるところがあるので、新しい年のはじめにひとついただいてみてはいかがだろうか。清浄で福々しい気持ちが味わえるに違いない。

※掲載情報は 2017/01/07 時点のものとなります。

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青野賢一

BEAMSクリエイティブディレクター

青野賢一

セレクトショップBEAMSの社長直轄部署「ビームス創造研究所」に所属するクリエイティブディレクター。音楽部門〈BEAMS RECORDS〉のディレクターも務める。執筆、編集、選曲、展示やイベントの企画運営、大学講師など、個人のソフト力を主にクライアントワークに活かし、ファッション、音楽、アート、文学をつなぐ活動を行っている。『ミセス』(文化出版局)、『OCEANS』(インターナショナル・ラグジュアリー・メディア)、『IN THE CITY』(サンクチュアリ出版)、ウェブマガジン『TV & smile』、『Sound & Recording Magazine』ウェブなどでコラムやエッセイを連載中。

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