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もはや“B級”を超えた、がっつりテイスト
「エンジン01」という非営利団体のイベントに参加するため、宮崎へ行った。大学卒業記念の貧乏旅行以来、実に約30年ぶりの再訪である。空港に降り立って、バスが出るまで少し時間があったので、空港内のお土産屋を冷やかして歩いた。
中でも目(と鼻)を引いたのが、“宮崎鶏の炭火焼き”。東京のデパートでもよく売っているから、とりたてて珍しいということもないのだが、売場の横で実際に焼いているのがポイント。その黒々とした容姿と芳しい匂いは、心に怪しく訴えるものがあった。
とにかく、黒い。全国から集まってくる観光客を相手に、この黒さで勝負できるのは、きっと味に並みならぬ自信あるがゆえではないか、と憶測させる。で、いそいそと試食して、のけぞった。うっ、うまい……。
炭の匂いと味は、鶏のアクセントとなってその味を引き立てている。そして、柔な歯では容易に噛みきれないほどの噛み応えがある。
ひと言で言えば、ガッツリ系である。ちょっと見、おつまみのようでもあるが、その味わいと言い、ボリュームと言い、肉料理と呼ぶにふさわしい貫禄がある。
B級グルメ、いや、B面グルメのパワフルな味わい
発売元はスモーク・エースという死ぬほどベタな名前の会社で、実に1983年から「鶏炭火焼き」を売っている由。食品販売の世界で「黒」は売りにくいと言われるが、当時はその傾向がもっと強い時代だった。しかし「クセになる」味によってリピーターが続出、宮崎空港のリニューアルに伴って出店を要請されるまでになった。
味の秘訣は、地元の方言で「すぼらせる」という調理工程にある。すなわち、焼いた鶏の脂が炭火に滴り、一段と上がった炎と煙で鶏が黒々と燻されていく。もとから身のしっかりした肉を選んでいるが、炭火で焼かれることで更に引き締まり、ガッツリとした歯ごたえが実現される。
定番の商品に加え、「炭火焼レアー」という「そのまんま」なネーミングの商品を出していて、これが凄い。一回り大ぶりで、トースターで焼いて食べると、口の中でじゅわっと肉汁があふれる。肉食の醍醐味をさえ味わえさせる、おそるべき土産品だ。
もちろん、宮崎牛のようなA級グルメではない。しかしB級と呼ぶには凄すぎる逸品である。むかしシングルレコードが発売されるとき、A面は派手めでポップな(=売れ線の)曲、B面はやや地味目のマニアックな(=コアなファン向けの)曲、というのがお約束だった。
しかし、B面だった曲がA面を脅かしかねない大ヒットになったケースも決して少なくなく、松田聖子の1983年の大ヒット曲「SWEET MEMORIES」(A面は「ガラスの林檎」)などその典型といえる。
さすがに鶏炭火焼きは「SWEET MEMORIES」という趣ではないが、そのフレッシュでパワフル、セクシーな魅力は、彼女の「青い珊瑚礁(1980年)」や「夏の扉(1981年)」といったデビュー当初の曲に通じるものがある。そう、松田聖子が福岡から上京して間もない頃。九州も日本も、今よりずっと元気だったような気がする。
スモーク・エースの鶏炭火焼きがのけぞるほどパワフルに感じられるのは、あの頃の空気を真空パックにして、私たちに届けてくれるからかも知れない。
※掲載情報は 2015/11/30 時点のものとなります。
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キュレーター情報
エッセイスト 文教大学 准教授
横川潤
飲食チェーンを営む家に生まれ(正確には当時、乾物屋でしたが)、業界の表と裏を見て育ちました。バブル期の6年はおもにNYで暮らし、あらためて飲食の面白さに目覚めました。1994年に帰国して以来、いわゆるグルメ評論を続けてきましたが、平知盛(「見るべきほどのものは見つ)にならっていえば、食べるべきほどのものは食べたかなあ…とも思うこの頃です。今は文教大学国際学部国際観光学科で、食と観光、マーケティングを教えています。学生目線で企業とコラボ商品を開発したりして、けっこう面白いです。どうしても「食」は仕事になってしまうので、「趣味」はアナログレコード鑑賞です。いちおう主著は 「レストランで覗いた ニューヨーク万華鏡(柴田書店)」「美味しくって、ブラボーッ!(新潮社)」「アメリカかぶれの日本コンビニグルメ論(講談社)」「東京イタリアン誘惑50店(講談社)」「〈錯覚〉の外食産業(商業社)」「神話と象徴のマーケティングーー顕示的商品としてのレコード(創成社)」あたりです。ぴあの「東京最高のレストラン」という座談会スタイルのガイド本は、創刊から関わって今年で15年目を迎えます。こちらもどうぞよろしく。