カツサンド
宇田川 住所:東京都中央区日本橋本町1-4-15 TEL:03-3241-4574
ときどき、無性にカツサンドが食べたくなる。振り返れば少年時代、揚げ物という料理自体がけっこう贅沢だったので、わざわざ揚げたとんかつを更にパンにはさむとは、まことに洒落た食べ物に思えたものである。
少年は長じて浪人生となった。受験シーズンを迎え、二浪はできないと思ったので、あれやこれや大学を受けまくったが、試験会場には毎回、母が作ってくれた“カツ”サンドを持参した。飽きなかった。とりあえずカツサンドが食べられると思えば、試験会場に向かう足どりもおのずと軽くなった(ような気がする)。
昭和も終わりにさしかかった学生時代、ファミレス(いや、あの頃は“ファミリーレストラン”だった)の「ジョナサン」でバイトしていたが、カツサンドはなかなかの人気商品で、まかないでもよく食べたものだ。今でも差し入れなどで「まい泉のカツサンド」が振る舞われたりすれば、妙にテンションがあがっている自分に気づく。私にとってカツサンドは永遠のアイドルなのかも知れない。
とりあえず好きなカツサンドを自由に買えるようにはなった今、「あえて選ぶ」とすれば、このカツサンドしかない。−−−「宇田川」のカツサンド−−−である。
「宇田川」のカツサンドを知ったのは今世紀に入ってからで、私はまだ30歳代の新進気鋭(?)の書き手だった。知り合ったばかりの編集者が、会食のお土産に持たせてくれ、すごく丁重に扱われている気がして嬉しかった。こういう手土産を知っている彼が、えらくかっこよく思えたものである。
で、家に帰って包みを開いて、のけぞった。気前がいいとか、気っぷがいいといったレベルをはるかに越えた、暴力的な(?)までのボリューム感。ちまちました島国では希な、もはや宇宙的なスケール感を漂わせたカツサンド。
とんかつをパンにはさんでカツサンドにした途端、それはとんかつとは別の、お手軽なスナックと似た存在と化す。しかし「宇田川」のカツサンドの具は、紛れもなく「とんかつ」である。それも老舗の風格が漂う、味わい深いとんかつ。最初は「一人で食べきれるのか…」と危ぶむが、ひと口ほおばれば、ついつい手が伸び、あっと言う間に完食してしまう。
事前予約は必須。店は日本橋往時の雰囲気をしのばせる渋い構えで、店員はひっきりなしにかかってくる「カツサンド・テイクアウト」の予約対応で大わらわだ。でもその顔は、「みなさんに、必要とされている」という自負と満足で輝いている。
いつまでもなくなって欲しくない、東京が後世に残すべき食べ物である。
宇田川 住所:東京都中央区日本橋本町1-4-15 TEL:03-3241-4574
※掲載情報は 2015/09/12 時点のものとなります。
エッセイスト 文教大学 准教授
横川潤
飲食チェーンを営む家に生まれ(正確には当時、乾物屋でしたが)、業界の表と裏を見て育ちました。バブル期の6年はおもにNYで暮らし、あらためて飲食の面白さに目覚めました。1994年に帰国して以来、いわゆるグルメ評論を続けてきましたが、平知盛(「見るべきほどのものは見つ)にならっていえば、食べるべきほどのものは食べたかなあ…とも思うこの頃です。今は文教大学国際学部国際観光学科で、食と観光、マーケティングを教えています。学生目線で企業とコラボ商品を開発したりして、けっこう面白いです。どうしても「食」は仕事になってしまうので、「趣味」はアナログレコード鑑賞です。いちおう主著は 「レストランで覗いた ニューヨーク万華鏡(柴田書店)」「美味しくって、ブラボーッ!(新潮社)」「アメリカかぶれの日本コンビニグルメ論(講談社)」「東京イタリアン誘惑50店(講談社)」「〈錯覚〉の外食産業(商業社)」「神話と象徴のマーケティングーー顕示的商品としてのレコード(創成社)」あたりです。ぴあの「東京最高のレストラン」という座談会スタイルのガイド本は、創刊から関わって今年で15年目を迎えます。こちらもどうぞよろしく。