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大阪出張が楽しみになる、黒門市場の鯖寿司
大阪は京都に対してけっこう対抗意識が強いようで、私が一時期、今は亡き「BRIO」などで京都の食をしきりと褒めていたのが、 在阪の友人達の気に障ったらしい。大学のゼミで後輩だった男が、こう挑発してきた。「高くて旨いンは当たり前。ほんまにええ喰いモン、ご存じないと違いますか」
あっさりと(というか喜び勇んで)挑発に乗って、ただ食べるだけの理由で大阪へ向かった。夕刻の阿倍野駅で待ち合わせ、まずは立ち飲み屋。その後、難波、西成と立ち呑み屋をハシゴし、通天閣界隈のカレーうどんで〆……と思ったら、またミナミの料亭のようなところに連れて行かれ、何か食べた。二日目はわざわざ堺まで足を伸ばしてラーメン(この話はまたべつの機会に書きたい)、小休止を入れて、夕食はふぐ。千日前「太政」という、大阪ではつとに知られた老舗で、しつらえは至って庶民的だった。若いカップルが普段着でふぐ鍋を囲む姿は、傍目にも微笑ましいものがあった。
新大阪まで見送ってくれ、手土産に渡されたのが、「太政」の鯖寿司。鯖寿司は大好物なので、家に帰ってから食べようと決めていたのに、つい包み紙をほどき、ひとくちだけの筈が、あっという間に一本、平らげてしまった。
「塩梅」……塩味と酸味のバランスの絶妙さ
料理は「塩梅」とはよく言われるところだが、もともとは「えんばい」と読み、塩と梅酢を合わせた調味料だった由。確かに、塩味と酸味の具合がピタリと決まった料理は、他の追随を許さぬものがある。そしてふぐ料理の味の決め手は、「ちり酢」。「太政」の自家製ちり酢は、JA徳島のスダチ、上等の利尻昆布、かつ節で拵えた本格派だ。さすがの「塩梅」は、食い倒れの街ならではというべきか。
そういう店の鯖寿司が悪いはずがない。鯖寿司といえば京都が名高く、私にもお気に入りの銘柄があるが(ただし「いづう」ではない)、あちらが「品格の高さ」で唸らせるとすれば、こちらは「親しみ深さ」で泣かせる趣がある(そもそも「太政」は「さば」寿司)であって、「鯖」寿司ではないのだ……)。「黒門市場」内の「太政(お持ち帰り専門店)」は朝から営業していて、お昼の新幹線にも間に合うので重宝。
「太政」は横山やすしが愛してやまなかった店として知られる。ぶっきらぼうなほど正直で、庶民の喜怒哀楽に寄り添う味わいは、彼の芸に通じるところがあるかも知れない。あるいは、ケニー・ドーハムのトランペット。ひたすら真っ直ぐで、温かく、そして切ない。ほんまにええ音楽、には違いない。
※掲載情報は 2015/06/05 時点のものとなります。
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キュレーター情報
エッセイスト 文教大学 准教授
横川潤
飲食チェーンを営む家に生まれ(正確には当時、乾物屋でしたが)、業界の表と裏を見て育ちました。バブル期の6年はおもにNYで暮らし、あらためて飲食の面白さに目覚めました。1994年に帰国して以来、いわゆるグルメ評論を続けてきましたが、平知盛(「見るべきほどのものは見つ)にならっていえば、食べるべきほどのものは食べたかなあ…とも思うこの頃です。今は文教大学国際学部国際観光学科で、食と観光、マーケティングを教えています。学生目線で企業とコラボ商品を開発したりして、けっこう面白いです。どうしても「食」は仕事になってしまうので、「趣味」はアナログレコード鑑賞です。いちおう主著は 「レストランで覗いた ニューヨーク万華鏡(柴田書店)」「美味しくって、ブラボーッ!(新潮社)」「アメリカかぶれの日本コンビニグルメ論(講談社)」「東京イタリアン誘惑50店(講談社)」「〈錯覚〉の外食産業(商業社)」「神話と象徴のマーケティングーー顕示的商品としてのレコード(創成社)」あたりです。ぴあの「東京最高のレストラン」という座談会スタイルのガイド本は、創刊から関わって今年で15年目を迎えます。こちらもどうぞよろしく。