工場構築。ゼロからスタートした心震える魂のカレー

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レトルトカレーと呼びたくない、店主本人が作るレトルトカレー

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そもそもレトルトパウチ食品とはなんぞや、という話しから。

 

「気密性と遮光性を持った容器に密封、加圧加熱殺菌した長期保存が可能な食品」という定義がある。日本では「レトルトパウチ食品品質表示基準」第2条由来の基準で「プラスチックフィルム若しくは金属はく又はこれらを多層に合わせたものを袋状その他の形に成形した容器(気密性及び遮光性を有するものに限る)に調製した食品を詰め、熱溶融により密封し、加圧加熱殺菌したもの」というお堅い文言であるが、皆さんがスーパーで見かけるあれ、見た通りのものだ。

 

製造の決まりごととしてはパック内の食品に120度で4分間熱を入れるよう加圧加熱しての殺菌という基準、前提がある。正確な話しは専門家にお任せするが、だいたいのイメージはこのようなもの。元々はアメリカ陸軍が缶詰の代替えとして長期保存などの利便性に優る軍用携帯食としての開発の中で生まれた。

 

日本では1968年、大塚食品により世界初の一般販売用レトルト食品としてご存知の「ボンカレー」が発売される。コンシューマー向けレトルト食品の誕生だ。

 

そんなレトルトカレー、なかなか小さな規模での製造は難しい。カレーブームの今ではあるが、個人飲食店が気軽にオリジナルのレトルトカレーを作るというのはまだまだハードルが高く、メーカーへOEM(original equipment manufacturer。ここでは製造会社へ自店のレトルトカレーの製造委託をすること)を願い出る形がほとんどだ。

 

最近では有名店の味をレトルトで、ということで日本のトップブランドの食品製造メーカーが自社企画、ブランドコラボレーション的な形で個人店の名を冠した製品を出すという流行があるが、それとてまだ少数、短期であると言える。

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そんな中、晴天の霹靂とも言える事件が起こる。事件、と言いたい。荻窪、『吉田カレー』のオーナーシェフ、吉田さんが自社工場を作り、レトルト製造を始めると宣言したのだ。1年半ほど前のことだっただろうか。

 

吉田カレーという名の、荻窪にひっそりとあるカレー店。否、いまやひっそりどころではなくなっている人気店だ。とにかくカレーがうまい。カレーに真剣に向き合っている。そしてSNSでの破天荒な物言いでそのキャラクターが注目される店主。

 

そんな風に見られることも多いが、本人はいたってシャイで物静かな男だ。その物言いも心ある人から見ればごく当たり前の正論と簡単に理解できる。はたから見れば、彼の言葉に考えなしで過敏に反応する残念な人間だけが騒いでいるという構造に見える。これも頭のいい彼ならではの戦略なのだろう。

工場構築。ゼロからスタートした心震える魂のカレー
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静かで落ち着いた店内で吉田さんは淡々と仕事をこなし、お客さんたちはそれぞれ自分の皿と対峙している。店の空気、カレー、両方に共通して心地いい没入感があると感じる。カレーソースは甘口と辛口。それを合わせたミックスがある。複雑で多段的、しかし不思議な融合感、まとまりある素晴らしい味のカレーだ。バナナの鮮烈な甘みと香り。魚介ダシのエッジに思わず引き込まれる面白さ。これを、このここだけの吉田カレーの味をレトルトにする、しかも自社工場を一から作って。とんでもないことだ。

 

少し前に、ちょっと面白い会があるから、と吉田さんに誘われて営業時間外の『吉田カレー』に遊びに行ったことがあった。有名テレビ番組の撮影隊が入っており、実力店の店主も何人か集まっていた。そこで「これ、食べてください」と渡されたのが、今回紹介したいと思ったレトルトカレーだ。

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美しくシンプルなパッケージ。これも箔押しなど吉田さんが強くこだわってデザインされているそうだ。

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箱を開くと大小2つのレトルトパウチが入っている。察しの良い人はここで気がつくだろう。それはつまり吉田カレーのスタイルがそのまま箱に入って手元にやってきたということ。吉田カレーの定番であるレギュラーのカレーソースとキーマカレーの組み合わせ。あのあいがけのスタイルが自宅で再現できるということだ。

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せっかくだ、店で食べる吉田カレーのビジュアルを再現してみよう。
まずはごはんを丸い山にして皿の隅に置いてやる。頂上を平らにしてやって少しへこませ、キーマカレーをかけていく。完成したらキーマカレーの中央に卵黄を据えてやる。そのあとにレギュラーカレーをごはんの足元に滑り込ませて完成だ。浅葱の小口切りを少し飾ってやると、より店での提供スタイルに近づくことができる。

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さて、実食。
レギュラーのカレーソースは野菜や果物からくるとろみはあるものの、小麦粉を使わないさらりとした方向に仕上がり、よく見知っているあの吉田カレーのビジュアルそのものだ。このカレーソース、鰹節の出汁が強く前に出て、甘く、辛く、深いもの。口の中でまず香りと甘みが開いてその後すぐに背後から辛さが追いかけてくるという二重構造。

 

そしてキーマカレー、これまた吉田節で、味噌を使った技ありの素晴らしいもので、味と旨味がぐっと力強く、まるで肉味噌、和食のような感覚を覚える。芳醇な甘さと赤黒い色味もあのカウンターで食べるいつものやつとほとんど変わらない。

 

しかしここまではそれぞれを単体で食べた時の感覚。合わせてこその最大のパフォーマンスを発揮するあの吉田カレーの世界にはまだ届いていない。食べ合わせた時の面白さと言ったらない。

 

甘さと辛さのせめぎ合いが楽しいレギュラーのカレーソースを肉味噌的アプローチのキーマカレーがそのコクで旨味の太さをさらに補てん。ふくよかで甘くて辛くて奥行きがあって、口の中が幸せで破裂しそうだ。これぞ吉田カレーの真骨頂。あの店での体験とほぼ同様の感覚がやってくる。

 

そういえばこういう流れと昂まり、どこかで経験している。
前奏が抑えめの音で流れ出し、ボーカルとリードギターが入ってくる。サビの少し前からベースとドラムスが入る。それはレギュラーのカレーソースとキーマの関係だ。サビで盛り上がる中、ドラムとベースの繰り返すフレーズにフィルイン、いわゆるオカズを入れてきてリフレインに変化が出て聴衆におやっと思わせるあれ。それがトッピングした浅葱や卵黄のこと。そうだ、もうすでにこれは音楽と同じ体験。食べ手のわたし達は吉田カレー、吉田さんのオーディエンスなのだ。

 

すこしカレーから温度が落ちるとその構成要素が浮かび上がるのもおもしろい。カレーの中に含まれる香りや味の要素が一つ一つ見えてくる。興味深い。が、しかし。やはり熱いうちに食べねば意味がない。ちゃんとバンドとしての演奏、その完成されたバンドだからこその演奏を聴く。バンドメンバーがギターだけ、ベースだけを一人で練習している時に聴いてもあのステージでの感動は受け取れないのと同じことだ。

本当に驚かされる完成度であった。

 

再現度、という言葉は使えない。このカレーには見合わぬ言葉だ。なぜなら、数多く出ている名店の名を冠したレトルトカレーとは根幹が違うから。これは店主、吉田さんが自ら作っているからだ。自店でオリジナリティ高いカレーを提供する吉田さんが、自ら大型の厨房施設とパッキング設備を自店とは別に準備し、長い時間をかけて稼働まで持って行き、自店の味そのままをここで作り上げ、パックしているからだ。それは再現ではなくて、紛れもなく吉田カレーそのものということなのだ。

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1月22日に販売が始まった。ひとつ1350円で5個セットのみの販売。値段は、高い。そういう人も多いだろう。それはそうだ。大手のメーカーが作るものとは全く違うものだから。

 

大手メーカーの作るものは安い。コストのかけ方も規模からくる仕入れ量での単価メリットも何もかも世界が違う。だからこそスーパーマーケットでのあの値段だ。

吉田さんは丁寧にカレーを作り、丁寧にした分をちゃんと価格に反映させている。ひどく当たり前のことをしているのだ。こうやって作ったからこういう値段になった。それがちゃんと説明できるカレーがこれなのだ。それにお金を払うことは果たしておかしなことなのだろうか。あなたの仕事に例えてみるとよくわかるかもしれない。ひとつ1350円 で5個セット。Amazonで毎日一瞬で在庫がなくなっているのを目にした。

 

スタイルも含めて、ここにあるこれは吉田カレーそのもの、本物なのだ。これ以上の個人店としてやりきれる範囲での最大値を叩き出すレトルトカレーの作り方を私は知らない。

 

心から、尊いものが産まれたものだ、と感嘆した。

 

※現在Amazonのみで販売中。のちに自社販売サイトを立ち上げる予定。
現在中辛のみ。甘口も追加予定。

※掲載情報は 2019/01/31 時点のものとなります。

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キュレーター情報

飯塚敦

カレーライター・ビデオブロガー

飯塚敦

食、カレー全般とアジア料理等の取材執筆、デジタルガジェットの取材執筆等を行う。カレーをテーマとしたライフスタイルブログ「カレーですよ。」が10年目で総記事数約4000、実食カレー記事と実食動画を中心とした食と人にフォーカスする構成で読者の信頼を得る。インドの調理器具タンドールの取材で09年秋渡印。その折iPhone3GSを購入、インドにてビデオ撮影と編集に開眼、「iPhone x Movieスタイル」(技術評論社 11年1月刊)を著す。翌年、台湾翻訳版も刊行。「エキサイティングマックス!」(ぶんか社 月刊誌)にてカレー店探訪コラム「それでもカレーは食べ物である」連載中。14年9月末に連載30回を迎える。他「フィガロジャポン」「東京ウォーカー」「Hanako FOR MEN」やカレーのムック等で食、カレー関係記事の執筆。外食食べ歩きのプロフェッショナルチーム「たべあるキング」所属。「ツーリズムEXPOジャパン」にてインドカレー味グルメポップコーン監修。定期トークライブ「印度百景」(阿佐ヶ谷ロフトA)共同主催。スリランカコロンボでの和食レストラン事業部立ち上げの指導など多方面で活躍。

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