究極のまんじゅう、愛媛松山「山田屋」まんじゅう

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江戸時代から続く一子相伝、一品不変の和菓子

究極のまんじゅう、愛媛松山「山田屋」まんじゅう

そもそも饅頭(まんじゅう)は中国から流入した饅頭(マントウ)が変化して誕生した和菓子で、小麦粉などの薄皮の中に小豆を用いた餡が入ったもの。その、究極型と呼ばれているのが愛媛県松山市の「山田屋まんじゅう」です。創業は江戸末期の慶応3年。ある時、一人の巡礼者が一軒の商家に宿を請い、そのお礼にと主にまんじゅうの作り方を教えたそう。そのおいしさが評判となったので、初代の高辻源蔵氏は宇和町にある山田薬師寺の山田薬師如来が姿を変えて教えてくれたものと信じ、その年に「山田屋」の屋号で創業したのが、はじまりです。

北海道は十勝の、風味や味がよいだけではなく、粒の形もよく大きさが揃っている二等級の大豆のみ100%使用してこしあんを作る真剣ぶりで、上品な白双糖も用いて、本当に手間のかかる昔ながらの秘伝の製法で作られています。そのため、透き通るような皮に包まれたまんじゅうは、その絶妙の喉ごしと上品な甘さが楽しめます。しかも大きさも小ぶりで、22gをずっと守っているそう。小さな一口まんじゅうというのが、また味わいたいという気持ちをかきたてて、美味しさをさらに引き立てるのだとか。

そんな真面目さと味で、昔からファンも多いですね。皇室にも納められていて、故・吉田茂首相もこよなく愛し、国葬の日にも霊前に供えられたほど。現在は5代目となりましたが、初代から脈々と続く「一品不変」の技とこだわりが誇りであり、変わらない・変えない「一品伝承」の精神が、今日も「山田屋まんじゅう」に宿っています。

※掲載情報は 2015/01/22 時点のものとなります。

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キュレーター情報

はんつ遠藤

フードジャーナリスト

はんつ遠藤

東京在住。早稲田大学教育学部卒業。海外旅行雑誌のライターを経て、テレビや雑誌、書籍などでの飲食店紹介や、飲食店プロデュースなどを行うフードジャーナリストに。ライターとして執筆、カメラマンとして撮影の両方をひとりでこなし、取材軒数は8000軒を超える。全国のご当地グルメの知識と経験を活かし、ナムコのフードテーマパーク事業にも協力し、現在、東京・大手町のご当地やきとりテイスティングパーク「全や連総本店 東京」の名誉館長も務める。『日経トレンディ』にてトレンドリーダーにも選出。「週刊大衆」「JAL(Web)」などに連載中。また近年は料理研究家としてTVラジオ雑誌などで創作レシピを紹介している。著書は『はんつ遠藤のうどんマップ東京・神奈川・埼玉・千葉』(幹書房)、『おうちラーメンかんたんレシピ30』『おうち丼ぶりかんたんレシピ30』『全国ご当地やきとり紀行』など25冊。

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