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ぱりぱりすぎてトレイにのせられないパン・オ・ショコラ
クロワッサンやパン・オ・ショコラといったいわゆる「デニッシュ系」がおいしいかどうか。それは食べる前から推測することができる。
パン屋で出会い、むらむらきて、しずしずとトングを持った手を伸ばすそのとき。トングの先端が皮にくいこんで小さくぱりという音を立て、そのままトングを持ち上げたら、このうつくしいパンは壊れてしまうのではないかとエマージェンシーランプが脳裏に点灯する。それは困った事態ではあるけれど、かなりの高確率で、すばらしいデニッシュ体験を保証してくれるものだ。釣り師が当たりだけで、大物を予感する瞬間の興奮に似ている。
フランボワーズのようにフルーティなチョコがバター感と溶け合う
にしても、ピエール・ガニェール パン・エ・ガトー(ANAインターコンチネンタルホテル内)のパンオショコラである。いまや盛りと花開いたバラの花びらのようにくるっと巻いてめくれあがった上部の皮。もっとも壊れやすいその部分がデリケートかつフラジールであるのは当然であるとして、それならばと方向転換し、下腹の部分をつかもうとすると、皮の下の白い中身もやわらかすぎて、今度はそこがへこんでしまうのだ。
驚くべきは中に挿入されたチョコバトンが、通常量の1・5倍増し程度あること。量だけでなく質もすばらしい。フランボワーズジャムが入ってるのではと疑うほどのフルーティさ。クオリティの高いチョコとはこんな香りがするものなのだ。
パン・オ・ショコラの悦楽とは、口の中でチョコがバター感と混ざりあうことにある。黒(チョコ)と黄色(バター)がマーブル状に渦を巻いてとろけあう映像さえ眼前に浮かぶのだ。そして、実に長い余韻の中で、このチョコレートは豊かなバターの風味にさえ打ち勝って、凌駕していく凄み。
さすがはガニェール、さすがはインターコンチと深く頷き、溜息を漏らすほかない。そのとき私たちは、キャットウォークを歩くスーパーモデルを目撃したときさながらの教訓をこのパンから得る。エレガントとセクシャルさとは、もっとも遠く離れているようでいて、ごく近接しているのだと。
中から野菜のうまみが滴る小龍包のようなキッシュ
ピエール・ガニェール パン・エ・ガトーにおいて、もうひとつエレガントかつセクシャルなパンを紹介する。それは、ポワロとタマネギのキッシュ。ポワロの香りとぐるぐる渦巻が誘惑し、タマネギの甘さが虜にする。アパレイユ(中身のやわらかいところ)はとろとろを通り越し、口を持っていかなくてはならないほど、ぴちゃぴちゃと滴るのはどういうわけか。まるで小龍包のような中トロの快楽には、涙にむせぶほかない。
※掲載情報は 2014/12/05 時点のものとなります。
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キュレーター情報
パンラボ主宰・パンライター
池田浩明
パンの研究所「パンラボ」主宰。日本中のパン屋におもむき、パンを食べ、パン職人の話に耳を傾け、パンについて書く。パンラボblog(panlabo.jugem.jp)でパン情報発信中。1日4回5回とパンを食べる毎日。Twitter.com/ikedahiloaki、instagram.com/ikedahiloakiでは食べたパンを実況中継中。著書『パンラボ』(白夜書房刊)、『サッカロマイセスセレビシエ』(ガイドワークス刊。パンラボblogで連載「東京の200軒を巡る冒険」単行本)、『パン欲』(世界文化社刊。日本全国パンの聖地を旅する)。あらゆるパンを愛するというのがモットー。雑誌、トークショー・講演、ラジオとさまざまな媒体でパンのすばらしさを説く。