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地域活性化へチャレンジ、日野市のこだわり地ビール
その昔、カメラマンになるという夢を達成すべく、美術大学のデザイン学部に入学した私でしたが、当時の母校は山に囲まれた東京最西端に位置する大学でした。
東京都心部で生まれ育った私は、「なんで今になって幼稚園で遠足に行ったところにいくのだろう」と、毎日つらい思いで通っておりました。それでも3,4年生になると実習の授業が多くなり、週に4日ほどのオンボロマイカーでの通学になりましたが、私の場合は都内から中央高速を使っての遠乗りです。
ユーミンの「中央フリーウェイ」のとおり、調布の飛行場を超えると「右に競馬場、左はビール工場」を眺めながらのドライブでした。この歌詞に出てくるビール工場は、昭和30年代にできた大手メーカーのものですが、多摩地区にはもっと歴史のあるビールがあったのですね。
それが昨年、130年ぶりに復活しました。高尾山の麓だからでしょうか、天狗印の王冠もいいレトロ感の「TOYODA BEER」です。
明治維新後、数々の近代産業が産声を上げる中、この多摩地区の豊田でも山口醸造所によるビール醸造事業が、明治19年に始まりました。8年ほどでその製造は終わってしまうのですが、数年前に醸造所跡の発掘調査によって当時のラベルや瓶の破片が発見され、地域活性のきっかけになればと、このビールの復活プロジェクトが立ち上がったのです。
当時の新聞広告の「独逸醸造法」という表記を参考にラガータイプの製法を採用、4種類の麦芽に加えてローストした麦芽を一部使用することにより、フローラルな香りと深いコクが特徴となっています。また、新たな試みとして日野市内の農家の協力を募って、原料である大麦の栽培も始めているようで、近い将来には純地元産の製品が誕生するかもしれません。
幕末に新撰組を生み出した、革新的な「日野人気質」を受け継ぐこの地ビール、新たな東京土産の一つになることでしょう。
※掲載情報は 2016/05/12 時点のものとなります。
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キュレーター情報
料理写真家
今清水隆宏
1965年、東京都生まれ。東京造形大学卒業。1988年よりフリーランスフォトグラファーとして独立。
以後、国内・海外、料理研究家・シェフを問わず主に雑誌、料理レシピ、レストランなどの料理およびその周辺の撮影、書籍企画等を担当。他、百貨店等各種カルチャースクール、地方自治体等にて「料理写真講座」の講師、講演等でも活動。社団法人日本広告写真家協会会員。