金沢の老舗の「菊花せんべい」で邪気を払う!?

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金沢の老舗の「菊花せんべい」で邪気を払う!?

サクサクした生姜砂糖の甘みがさわやかな餅米せんべい
花にまつわることわざで「六日の菖蒲、十日の菊(むいかのあやめ、とおかのきく)」というのがある。菖蒲は五月五日の端午の節句に用いるもので、五月六日では間に合わない。また、菊は九月九日の重陽の節句に用いるもので、九月十日では間に合わないことから、意味は「時機に遅れて役に立たないこと」なのだ。なぜ、こんな書き出しかと言うと実は9月に紹介しようと考えていた菓子が10月になってしまったのだ。まさに「十日の菊」ならまだしも「十月の菊」なのである。しかし、9月9日の重陽の節句は、旧暦であり、新暦なら10月17日のことなのでややこしい。

 

古くからの行事も旧暦、新暦入れ混じりだが、数字的には10日にならない9日でなくてはならない。では、季語として9月9日以降の菊はなんというのか?それは、「残菊」といいさらに秋も終わりには「晩菊」と名前を変える。

 

日本を代表する「国花」というのは公式にはないが、桜と菊がその代表である。春の桜,秋の菊と対比されるが、桜と違い栽培菊は1年中入手できるのである。桜の散り際の早さと違い菊は開花の寿命も長く、仏花として大変重宝されている。そして、天皇家の紋章として「十六八重表菊」がいわゆる菊の御紋である。鎌倉時代に後鳥羽上皇が菊を好み、自らの印として愛用し、その後、天皇が自らの印として継承し、慣例のうちに菊花紋となった。

 

菊は海外へ行く時に必ず携帯する、と、言ってもパスポートのことである。旅券カバーには菊の「十六一重表菊」の文様が描かれているし、これが日本国籍を有しているという象徴である。その菊を意匠化したものの数はなんと多く、多彩で、日本らしい優しさがある。

金沢の老舗の「菊花せんべい」で邪気を払う!?

今回、ご紹介するのは金沢の諸江屋の「菊花せんべい」である。諸江屋は江戸時代末期の嘉永二年(1849年)に創業した落雁商で有名な老舗で「方丈菓子」や「加賀宝生」「花うさぎ」など加賀の伝統的な菓子を作っている。

 

ちなみに季節に拘るが、諸江屋に残る木型は、1月の住の江(松)、2月花椿、3月の舞披き(桐)、4月桜川、5月堀江の花(菖蒲)、6月大和撫子、7月香須花(芙蓉)、8月花桔梗、9月重陽の宴(菊)、10月龍田の淵(紅葉)、11月の新袖の香(橘)、12月南天形 となっており菊は9月のモティーフであるが、名残りの「残菊」として許してもらおう。

金沢の老舗の「菊花せんべい」で邪気を払う!?

菊花紋は古くから、豊富な種類が図案化され、変種も多いが、諸江屋の「菊花せんべい」唐菊形だが、裏にも独特の意匠が施されている。中央にがくが見えるデザインでこれを「裏菊(うらきく)」で、食べる時に気をつけてもらいたい。味は生姜砂糖で、サクサクした風味で、軽いのだついついあとを引く味だ。菊は、昔から邪気を払う力があると信じられているが、「菊花せんべい」食べて今年溜まった邪気を払おうか。

※掲載情報は 2018/10/18 時点のものとなります。

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キュレーター情報

後藤晴彦(お手伝いハルコ)

アートディレクター・食文化研究家

後藤晴彦(お手伝いハルコ)

後藤晴彦は、ある時に料理に目覚め、料理の修業をはじめたのである。妻のことを“オクサマ”とお呼びし、自身はお手伝いハルコと自称して、毎日料理作りに励んでいる。
本業は出版関連の雑誌・ムック・書籍の企画編集デザイン制作のアート・ディレクションから、企業のコンサルタントとして、商品開発からマーケティング、販促までプロデュースを手がける。お手伝いハルコのキャラクタ-で『料理王国』『日経おとなのOFF』で連載をし、『包丁の使い方とカッティング』、『街場の料理の鉄人』、『一流料理人に学ぶ懐かしごはん』などを著す。電子書籍『お手伝いハルコの料理修行』がBookLiveから配信。
調理器具から食品開発のアドバイザーや岩手県の産業創造アドバイザーに就任し、岩手県の食を中心とした復興支援のお手伝いもしている。

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