向田邦子の「う」の引き出しに登場する安曇野の「山葵漬け」

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向田邦子の「う」の引き出しに登場する安曇野の「山葵漬け」

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いまだに人気の衰えない作家の向田邦子さんは、うまいもののメモやパンフレットを集め引き出しに入れていたそうだ。それは「う」の引き出しと呼ばれていた。そう考えると、このぐるなび「ippin」もネットの「う」の引き出しともいえる。その向田邦子さんが旨いと評価した安曇野産「山葵漬け」が信州松本の『八百源漬物店』である。

向田邦子の「う」の引き出しに登場する安曇野の「山葵漬け」

余談だが、むかし『家庭画報』のデザインを手がけていた時に、一緒に仕事をしていた女性編集者が雑誌の向田邦子番だった。雑誌では読物担当でよくエッセイをお願いしていて向田さんとは親しかったのだが、1981年8月22日台湾上空で向田邦子さんが飛行機事故で不慮の死を遂げた。たまさか、その担当編集者と打ち合わせをしていた日が、向田さんの飛行機事故の当日だった。その晩、六本木のバーで深夜まで、泣いていた彼女を慰めながら酒を飲んでいたのを思いだした。

 

向田邦子の「う」の引き出しに登場する安曇野の「山葵漬け」

さて、山葵漬けの話に戻そう。一時期、山葵おろし器の商品開発をしていて、どうしたら、香り良く、辛みが強く出来るかと、色々な寿司屋に行っては、山葵の産地やおろし方を聞き回っていた。おろし器は鮫皮と銅製のおろし金の2つに絞ってメリット、デメリットを調べていた。山葵の根茎をすりおろす時に、山葵の細胞が破壊されると酵素ミロシナーゼの作用で加水分解が起き、辛みの本体のアリルイソチオシアネートを生じ、これは揮発成分なのでツーンと鼻に抜ける辛みになる(丸善食品総合辞典より)。山葵には苦味成分と辛み成分の2つの細胞があり、一方だけ破壊しても美味しい山葵おろしにはならない。この2つの細胞を同時に破壊し、合わせることが重要であった。鮫皮は細かくクリーミーにおろすことができるので一番山葵をおろすのに適しているが、銅製のような固さが足りないため摩耗しやすく、鮫皮の細かさと銅製の固さを備えた新しいエッチング技術(金属腐食)によって、鮫肌のような細かさに銅製の耐久性をもつ山葵おろし器を完成させたのだ。

向田邦子の「う」の引き出しに登場する安曇野の「山葵漬け」

では、山葵漬けのうまさとはなんだろうか。『八百源漬物店』では、山葵の地下茎(地元では“芋”と呼ぶ)だけを細く手切りにしているが手で切ることにより形が不揃いになり、これが、辛みのポイントになるのではないか。『八百源漬物店』の山葵漬けは今まで食べた中でも一番の辛さを持っている。これに、上質な酒粕との合わせで、最初は辛く、その後は甘味も感じるバランスの良さであった。最初は日本酒のあてから始め,刺身につけて、熱々のご飯にのせて海苔をまぶして醤油を少したらしてあっという間に二膳が胃袋の中に落ちていた。向田邦子さんの「う」の引き出しに選ばれた山葵漬けだが、彼女はこの味をどう書いたのだろか。

 

※掲載情報は 2018/06/14 時点のものとなります。

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キュレーター情報

後藤晴彦(お手伝いハルコ)

アートディレクター・食文化研究家

後藤晴彦(お手伝いハルコ)

後藤晴彦は、ある時に料理に目覚め、料理の修業にをはじめたのである。妻のことを“オクサマ”とお呼びし、自身はお手伝いハルコと自称して、毎日料理作りに励んでいる。
本業は出版関連の雑誌・ムック・書籍の企画編集デザイン制作のアート・ディレクションから、企業のコンサルタントとして、商品開発からマーケティング、販促までプロデュースを手がける。お手伝いハルコのキャラクタ-で『料理王国』『日経おとなのOFF』で連載をし、『包丁の使い方とカッティング』、『街場の料理の鉄人』、『一流料理人に学ぶ懐かしごはん』などを著す。電子書籍『お手伝いハルコの料理修行』がBookLiveから配信。
調理器具から食品開発のアドバイザーや岩手県の産業創造アドバイザーに就任し、岩手県の食を中心とした復興支援のお手伝いもしている。

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