夢の中を漂うようなカレーと魅惑のスパイス体験

夢の中を漂うようなカレーと魅惑のスパイス体験

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エスビー食品株式会社の方がそっと板橋に誘ってくださった。
そう、板橋本町にはS&Bの本拠地がある。カレー研究家の一条もん子さんとわたしが招待されたのは本社敷地内にある「スパイス展示館」。ぜひご覧いただきたいとお声がけをいただきご好意に甘えることにした。現在一般公開はされていないのだが素晴らしい場所であった。

夢の中を漂うようなカレーと魅惑のスパイス体験

スパイスの歴史のパネル展示や実際のスパイスを幅広くわかりやすく展示してあったり、昔の製品パッケージコレクションがずらりと陳列されていたり。大いに興奮して夢中で見学をした。とんでもないサイズ、宝物クラスのシナモンの樹皮や、懐かしいCM映像まで見ることができて大変貴重な体験であった。

 

そののち別室ですごいプレゼンテーションをいただき、ちょっと動揺してしまった次第。
今回皆さんに紹介したいのがその時に見せていただき、試食をしたカレーとシチューだ。

夢の中を漂うようなカレーと魅惑のスパイス体験

それは漆黒の化粧箱に入って我々の目の前に置かれていた。その黒い箱がまさか製品だとは気がつかなかった。それくらい、カレーの入った箱とは思えないものであった。超高額ラインの製品なのだが、なるほど、と思わされてしまう説得力とバックボーンを持つ、凄みさえ感じるものだった。
そのブランドネームは「ARTISTE」。アルティストと読む。

 

初めて見せてもらった時にまごまごしてしまった。「これです」と言われているのに製品はない。缶詰タイプのものだと聞いていたが、はて。
「このボックスですよ」と言われて驚いた。漆黒の化粧箱、それも華やかなシグネチャーとシックな黒をまとった、これはなんだろうと思わせるものだった。イメージはシックなお重、とでも言おうか。発している「気」のようなものを感じる。その2段に積まれた箱をまとめるベルトのバックルには金・銀・銅の3種の箔が輝く。これが「ARTISTE」の魂とも言える3種の胡椒をイメージした刻印なのだ。キーワードの「馥郁(ふくいく)のひととき」の象徴とも言える。福永紙工とデザイナー天野和俊氏、会心の作だ。

夢の中を漂うようなカレーと魅惑のスパイス体験

開封すると先ず目に飛び込むのが1層目に美しく収納されたミルと短くて透明度の高いスパイスボトル。
ミルはアクリル製で手のひらに包んで回してやるとどこかで使ったことのあるようななじみを手先に感じる。
これはプジョーのペッパーミルなのだ、との言葉。なるほど。どうりでなじみある挽き具合だと思った。

 

プジョーは自動車メーカーとして知る方も多いだろう。80年代からのモータースポーツ、ラリーのシーンでカンクネン、サロネンコンビによる華々しい戦歴やパリダカールラリーでの砂漠のライオンという異名で覚えている方も多いはずだ。実はプジョー、自動車メーカーとしてよりもペッパーミルの製造販売の歴史の方が長い。そしてS&B、プジョーのミルの取り扱いをしている。世界でも指折りの性能を持つプジョーのスパイスミル。世界中のシェフが推すこれをS&Bが取り扱いをするのは当然かもしれない。ミルによってホールのスパイスの香りのひらき方は大きく変わる。鋳鋼製の二重らせん構造グラインダーが胡椒を確実に捉え、砕く事で粗挽となりフレッシュな香りが一回ごとに引き出される。その馥郁(ふくいく)たる香りこそがこのセットの至福のひとときへの序章なのだ。

 

3つ入った美しいビンは極厳選された3種類のホールの胡椒で満たされている。これを好みのブレンド、ないしは単独でペッパーミルにセットして挽いていくのだ。なんという楽しいエンターテイメント。

 

カンボジア産のブラックペッパーは美しく赤い輝きを放つ。赤くなるまで完熟させてのち収穫、乾燥させた希少なもの。フルーティーな香りに特徴を持つ。
インド産ブラックペッパーは熟す前に摘みとり天日で乾燥させた黒く煌めくもの。粒が大きく清涼感のある香りが楽しめる。
インド産グリーンペッパーは未熟果を摘みとり乾燥させたもの。美しい緑色、さわやかな香りと辛みを特徴とする。
これらを眺めているだけで期待感がこみ上げる。

夢の中を漂うようなカレーと魅惑のスパイス体験

いよいよ2層目でカレーとシチューのパッケージとの対面だ。ボックストップのバックルに施された金・銀・銅の3種の箔の煌めき。その象徴的なシンボルと呼応するデザインのパッケージ。カレーとシチューがそれぞれひと缶づつ静かに鎮座する。無言のオーラを放つそれに圧倒される。

 

アクリル製の丸いトレーのようなソリッドに輝くものも入っていた。これは胡椒とミルをセットするスパイストレー。先ほどのペッパーミル、スパイス瓶のサイズに合わせ、プラスマイナス0.1mmの精度で調整されたアクリル製のトレーだ。「ものづくりのまち」墨田区の吾嬬製作所の職人の手により丁寧に一個一個手作業加工、独自の研磨技術で仕上げた逸品だ。コースターや美しい細工が施された皿の下に敷く丸型のランチョンマットなども用意され、あくまでその世界観の構築を貫いている。どんどん期待感が高まって行く。

夢の中を漂うようなカレーと魅惑のスパイス体験

S&Bの方々がテーブルセッティングをしてくれる。そう、テーブルセッティング、だ。レストランではない会社の一室。会議テーブルに不思議なオーラが漂う。ワインが注がれ、部屋にスパイスの香りが広がってゆく。

夢の中を漂うようなカレーと魅惑のスパイス体験

まずはビーフカレー。巨大な肉塊がそそり立つビジュアルに知っているカレーと違うものを感じる。ひとくち含むとカレーソースは重く感じないもの。玉ねぎは食感が残してあるりチャンクに近い感覚だ。スパイスが口と鼻に残るのが気持ちいい。丁寧に仕上げた芳醇なソースはソテー・ド・オニオン、フォン・ド・ボーソース、デミグラスソースを土台にし、バターやクリームなどで仕立てられる欧風のもの。が、欧風の一言では片付けられないしっかりしたスパイス感が秘められている。塊肉は職人の「手切り」により切り出された黒毛和牛種「京都牛」のモモ。各1缶に塊(1人前あたり約100g、計約200g)を使用。規格外に大きい肉は食べ応えという枠を超えており、カレーではなく上質な肉のソース煮込み、という立ち位置なのではないか。事実食卓に供されたのはライスではなくバゲット。フランスパンによく合う。京都牛を楽しみ、ソースをパンで拭い、ワインで口を湿らせる。なんという豊かな食卓だろうか。

 

ビーフシチューの牛肉は赤ワイン煮込みになっており、シチューはデミグラスソースとフォン・ド・ボーソースをベースとし、バターやソテー・ド・オニオンによりコクや厚みを作り出す。プルーンや蜂蜜による自然な甘みも加えて濃厚なソースに仕立ててある。こちらも申し分ない味と香りで、ビーフカレーと同じく「手切り」で切り出された大きな塊の「京都牛」のモモが楽しめる。一晩赤ワインに浸漬させ、風味を引き出した「京都牛」は圧倒的な存在感。ゆっくりと舌先でソースを楽しみ、その中身や変化を吟味して肉に絡ませ楽しんでいく。この贅沢さといったらない。

夢の中を漂うようなカレーと魅惑のスパイス体験

そしてお楽しみの3種の胡椒。ここからがこの「ARTISTE」の真骨頂だ。使うときに一回づつ自分でペッパーをブレンド。その場で挽いて香りを立てて食べるこの面白さはまさにエンターテイメントと呼べるものだ。
食べ進めると温度などの変化とともにカレー、シチューのソースの香りが変わる。乳製品が入ると香りは温度と共に敏感に変化するのだ。酸味はトマトとビネガーからくるもので、酸味とクリームのミックスに少しチーズ的な旨味を感じる体験があり、そこに自分で調合した胡椒をふりかけまた変化を出してゆく。3種の胡椒はともに特徴があって心地よく芳り、それが長く続く。それはクセではなく芳香なのだ。この体験を伝えるのは本当に難しい。味が、体験が、どんどん変わっていく。「挽きたて」の胡椒の馥郁たる香り、それを丁寧に仕上げた芳醇なソースを纏う肉へと振りかける。我を失うようなひと時であった。

 

夢のような食事の時間が過ぎて、考えた。この素晴らしいものは一体どこに当てはめてやればいいのだろう。
できることならば両親や、お世話になった大切な方。大事に思っているどなたかに送りたい。素直にそう思った。遠方にいらっしゃるなかなか会えない大切な人。忙しそうで食事に誘うのをためらうあの方達。レストランにお誘いする代わりにこれを送る。ワインも一緒に差し上げるのがいいだろう。

 

本来なら家庭で食べるためにパッケージされた食品とレストランの違いというもが厳然と存在する。つまりそれは場所の空気や雰囲気、店に行かなければ手に入らないはずのものだ。しかしこの製品はそれを内包してしまったという大変に希少な製品で、そんなことができるのかという驚きがあった。高くて珍しいものという区分けには決してできない魂あるものと感じた。めくるめく食体験と食空間を遠くの人に送る。大事な人に送る。季節はもう秋。クリスマスと年末年始が見えてきたちょうど今。

夢の中を漂うようなカレーと魅惑のスパイス体験

わずか500セットしか用意されないこの貴重なひと箱を早めに確保して、季節がやってきたら大事な人に送ってみたい。そう思わされるものだった。さて、自分用はどうするか。

※掲載情報は 2017/10/24 時点のものとなります。

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キュレーター情報

飯塚敦

カレーライター・ビデオブロガー

飯塚敦

食、カレー全般とアジア料理等の取材執筆、デジタルガジェットの取材執筆等を行う。カレーをテーマとしたライフスタイルブログ「カレーですよ。」が10年目で総記事数約4000、実食カレー記事と実食動画を中心とした食と人にフォーカスする構成で読者の信頼を得る。インドの調理器具タンドールの取材で09年秋渡印。その折iPhone3GSを購入、インドにてビデオ撮影と編集に開眼、「iPhone x Movieスタイル」(技術評論社 11年1月刊)を著す。翌年、台湾翻訳版も刊行。「エキサイティングマックス!」(ぶんか社 月刊誌)にてカレー店探訪コラム「それでもカレーは食べ物である」連載中。14年9月末に連載30回を迎える。他「フィガロジャポン」「東京ウォーカー」「Hanako FOR MEN」やカレーのムック等で食、カレー関係記事の執筆。外食食べ歩きのプロフェッショナルチーム「たべあるキング」所属。「ツーリズムEXPOジャパン」にてインドカレー味グルメポップコーン監修。定期トークライブ「印度百景」(阿佐ヶ谷ロフトA)共同主催。スリランカコロンボでの和食レストラン事業部立ち上げの指導など多方面で活躍。

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