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上野広小路にお越しいただけないと手に入らない味
「どらやき」と聞くと、上野界隈で育った僕は、地元の「うさぎや」が真っ先に思い浮かびます。
大正2年創業で、100年以上の歴史を持つ老舗の店です。餡のみずみずしさやすっきりとした甘み、皮の柔らか過ぎないふんわり感など、素朴ながら全てのあんばいが丁度良いのです。
うさぎやと聞いて思い出すのが、池波正太郎の話です。
「散歩のとき 何か食べたくなって」という著書の中で、若い頃の思い出にうさぎやのどらやきが出てきます。年代でいえば、1940年代頃だと推測出来ますので、うちの眼鏡店を近隣に立ち上げたのもちょうどその頃でした。
その著書の中で、「男坂を下って黒門町の[うさぎや]に立ち寄り、名物の[どら焼き]を買って……」というくだりがあります。男坂というのは湯島天神参拝のための坂のことで、三十八段の急な石段坂です。地元では、本郷から上野広小路への抜け道として知られています。
僕の子供の頃、祖父に連れられて散歩で湯島天神に行くにも、面白がってこの急な石段をよく駆け上ったものです。
池波正太郎の話が、うさぎやのどらやきの思い出が面白いのです。
少年の頃から勤めていた店の主人が、池波正太郎の家に近いうさぎやにどらやきを帰りがけに買って来いと頼むことが毎月に二回ほどあったそうです。翌日、主人のところにそれを持って行くと、その中から二個を半紙に包んで、ご褒美にくれたとのことでした。
戦争がひどくなると砂糖が統制されると、うさぎやのどらやきも一日に販売出来る数に制限があり、早朝から行列に並んで買いに行ったらしいです。戦時中のどらやきは、とても貴重なものでした。大人になってからも遣いに行った池波正太郎は、褒美をくれるのを惜しそうにする主人の顔を見たさに、毎回どらやき二個をもらっていたというのです。
昭和初期に発売を開始したうさぎやのどらやきが、長年愛され続けられるには訳があります。高価な材料を使う訳ではなく、一般に入手出来る材料を使っています。しかし、その材料選びや作り方に一手間、二手間をかけているのです。これがうさぎやの伝統なのです。どらやきの餡に使われる小豆を一つとっても、毎年職人が産地に畑に行って、実際に小豆をみて良いものを選んでいます。
また、小豆の煮る具合も豆の大きさも均一に揃えることで、火の伝わり方もまんべんなく均等になり、なめらかな食感の餡が出来るのです。
もう一つの伝統は、作りたての温かいものを提供するので、当日中に食べていただきたいというこだわりです。賞味期限は翌日になっているが、当日食べたほうが絶対に美味しいので、出来ればその日のうちに食べて欲しいそうです。お土産に持って行くなら、前日に買うのではなく、当日に買って持って行ったほうがおもてなしの気持ちも伝わると言います。なので、当日しか食べて欲しくないから、店を広げない。うさぎやのどらやきは、上野広小路にわざわざ足を運ばないと買えません。
うさぎやの店にお越しいただいたら、数年前から発売している「どら餡ソフトオレ」という餡ベースのソフトクリームを食べることが出来ます。
近所には、2015年に近所にオープンした「うさぎやCAFÉ」があります。僕のお気に入りは、「うさどらフレンチ焼き」。どらやきがそのままフレンチトーストになっています。どらやきの皮の中の構造が、うまい具合に程良くミルクを吸い取るそうです。
また、朝9時から9時10分の間に来店した人しかありつけない「うさパンケーキ」というのもあります。店の工房で焼きたてのどらやきの皮は、9時10分にカフェに運ばれて来ます。それにバターを塗り、餡を乗せパンケーキのようにして食べます。
どらやきを買いにわざわざ上野広小路まで来るのは、ご面倒と思う人がいるかもしれませんが、ここでしか買えない格別な味があります。うさぎやのどらやきは、ぜひ温かいうちに召し上がっていただきたいです。どなたかに差し上げるのでしたら、美味しいものを美味しいうちに召し上がっていただく為に、少し早くお家を出て上野広小路に一度立ち寄ってから行かれてはいかがでしょうか?
※掲載情報は 2017/09/11 時点のものとなります。
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キュレーター情報
荒岡眼鏡の三代目 眼鏡店ブリンク店主
荒岡俊行
1971年生まれ。東京・御徒町出身。1940年から続く「荒岡眼鏡」の三代目。
父方も母方も代々眼鏡屋という奇遇な環境に生まれ育ち、自身も眼鏡の道へ。
ニューヨークでの修業を経て、2001年に外苑前にアイウエアショップ「blinc(ブリンク)」、2008年には表参道に「blinc vase(ブリンク・ベース」をオープンさせる。
「眼鏡の未来を熱くする。」をミッションに掲げ、眼鏡をカルチャーの1つとして多くの方々に親しんでいただけるよう、眼鏡の面白さや楽しさを日々探求しています。
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