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混ぜて食べるとますます美味しいビーフと豆のカリーの饗宴
梅雨も明けようというこの季節。外の気温はうなぎ登りで30度越えも珍しくない。うなぎといえば土用のうなぎ、今年は7月と8月、2回あるそうだ。うなぎで精をつけるのもいいが、夏の食欲減退にはスパイスももってこい。わたしたちにはうなぎ以外にもカレーという強い味方がいる。
カレー店で聞いたのだが、昨今あまりにも暑いとお客さんが減るという。無理もない。夏はカレーであるにもかかわらず、あまりの暑さでお客さんがお店までたどり着けないのだ。これは由々しき事態。そうはいってもお腹は減ってくる。こういう時は涼しい部屋から出ずに楽して美味しいカレーを食べるというのはどうだろう。面白いレトルトカレーを見つけたのだ。
少し前、有名インドレストランを率いる日本人シェフが集まって腕を振るう「LOVE INDIA」というイベントの打ち上げが新宿中村屋にて行われた。名だたる名シェフたちのおしゃべりを聞いて夢心地の帰り際。中村屋からのお土産が配られた。それがこのカレー、「新宿中村屋 世界のスパイスカリー スリランカ式スパイスカリー、ビーフカリー&野菜と豆カリー」の2種だった。
うだるような暑さの今日、そうだ、と思い出し食べてみたのだが、大変に美味しかったので皆さんに紹介したくなったという次第。大変面白いカレーだった。
パッケージにはスリランカカリー、とある。スリランカは仏教国。スリランカのキャンディにある寺院にはお釈迦様(仏陀)の歯が納められている仏歯寺もある。日本からの参拝者も多いそうだ。そして食文化に日本と共通するところも多く、面白い。代表的なところでは鰹節。そう、スリランカの人は鰹節を料理に使う。世界でも日本とスリランカ以外はほとんど見かけない食のスタイルだ。ビーフも食べる。勘違いされがちだがヒンドゥー教では牛は大事な生き物で食べてはダメ。なので、ヒンドゥー教国のお隣のインドではビーフカレーはなし。スリランカは仏教国で食に関しては寛容だ。そう、ビーフカレーもある。
そんなスリランカの名前を戴くレトルトカレー。パッケージを開けて驚いた。レトルトパウチパックが2つ出てきたのだ。そうか、なるほど。スリランカはもとよりのインド周辺国の食事のスタイルというわけだ。皆さんも見たことがあるだろう。インドレストランなどで金属のプレートの上にいくつものカレーや料理が入った小さな器が並び、それらを混ぜて食べるというスタイル。あれをやりましょう、という提案なのだ。なんという楽しさ。洒落たことをするものだ。これはいろいろ用意せねばいけない。
まずは冷蔵庫をさらってトマト数種類と紫タマネギのマリネを見つけた。たまごも茹でよう。レトルトパウチを温めるのと一緒にやれば早いだろう。ラタトゥイユも見つかった。さて、探し物をしている間に温まったレトルトパウチの封を切る。おや!香り。いいじゃないか、と期待が高まる。少々スリランカンスタイルを逸脱してしまったが楽しくやろうと副菜を盛り付けた。
金属のプレートとカトリ(小さなステンレスのカレーの器)ではなく、ホームスタイルと呼ばれる、器に入れずにごはんを中心に据えて全部のおかずを大きな皿の上に盛り付ける形としてみた。スリランカの家庭風である。さあ、カレーを食べてみよう。
ビーフカリーは私たちがイメージするビーフカレーとは少々違う。少しざらりとした粉っぽさを残すカレーソースは演出上手を感じさせる。ホールスパイス(粉砕していない種の形のスパイス)というよりツナパパ(スリランカのカレー粉)を使っていることを感じさせるこの雰囲気はなかなかのもの。牛肉もお肉としてのおいしさがちゃんとある。
豆と野菜のカリーは、これはダール(豆カレー)ではない。ダールはインドの言い方。これはパリップ。スリランカの豆カレーだ。ココナッツミルクが入るのがダールとの違いだ。その香りはいかにもインド洋に浮かぶ島のカレーを食べている気分にさせてくれる。どちらも大変うまい。そして大変感慨深い。こういうものがスーパーの棚に並び、受け入れられるような時代になったのだ。インドカレーを越えてスーパーの棚にスリランカカレーまでもがたどり着いたわけだ。
さて、お楽しみの混ぜ食べ。このカレー、両方を混ぜると深みが増し、辛さのバランスが良くなる感がある。他の料理にも合わせてみよう。ゆで卵を混ぜるのはよく合う。味がマイルドになり、コク深くなる。ラタトゥイユは野菜のトマト煮込み。それがイタリアだろうがインドだろうが、やはり野菜煮込みはカレーに近いものだ。カリーと混ぜると大変に美味しい。そして混ぜても美味しいこの二種のカリーはほかの料理を取り混んでなお嫌味なく自身のキャラクターをなくさず余裕がある。許容量が広い奥行き深いカレーだ。ぜひ混ぜて食べることを試してほしい。
新宿中村屋のカリーは「恋と革命の味」のインドカレーとして知られている。イギリスから渡来した小麦粉を使ったカレーライスがまず日本で広まったが、スパイスを多用した本場インドのカリーを日本で初めて発売したのは中村屋だ。きっかけは創業者がインド独立運動の闘士であるベンガル出身のラス・ビハリ・ボースをかくまったことから始まった。後に創業者の長女とボースは結婚し、その中でボースの「日本に祖国のカリーを紹介したい」という想いから新宿中村屋の喫茶部開設の折に純印度式カリーをメニューにすることを提案、それが90年続く中村屋のカリーのルーツなのだ。
そして今年。2017年は日印友好交流年。新宿中村屋の純インド式カリーが誕生して90年目でもある。新宿中村屋が素敵な取り組みをしているのを知った。日印友好交流年記念事業として外務省から許可を取り「カレーをありがとうキャンペーン」というものを展開している。物を売るのではなく、ありがとうの気持ちをインドに届けるキャンペーンだ。こんなにもカレーを食べる日本。美味しいカレーという料理を教えてくれてありがとう、というものでインド、デリーに日本語で「ありがとう」と書いた大きな看板を出した。ありがとうの言葉の下にはなんでありがとうなのかをヒンディー語で書いてある。うれしくなった。その心意気には大いに賛同している。
そんなことを知って食べるカレーはまた格別なのではないか。
今日食べたカレーはスリランカカレーだが、でも、インドの皆さん、カレーダンニャバード。(カレーをありがとう。)
※掲載情報は 2017/07/23 時点のものとなります。
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キュレーター情報
カレーライター・ビデオブロガー
飯塚敦
食、カレー全般とアジア料理等の取材執筆、デジタルガジェットの取材執筆等を行う。カレーをテーマとしたライフスタイルブログ「カレーですよ。」が10年目で総記事数約4000、実食カレー記事と実食動画を中心とした食と人にフォーカスする構成で読者の信頼を得る。インドの調理器具タンドールの取材で09年秋渡印。その折iPhone3GSを購入、インドにてビデオ撮影と編集に開眼、「iPhone x Movieスタイル」(技術評論社 11年1月刊)を著す。翌年、台湾翻訳版も刊行。「エキサイティングマックス!」(ぶんか社 月刊誌)にてカレー店探訪コラム「それでもカレーは食べ物である」連載中。14年9月末に連載30回を迎える。他「フィガロジャポン」「東京ウォーカー」「Hanako FOR MEN」やカレーのムック等で食、カレー関係記事の執筆。外食食べ歩きのプロフェッショナルチーム「たべあるキング」所属。「ツーリズムEXPOジャパン」にてインドカレー味グルメポップコーン監修。定期トークライブ「印度百景」(阿佐ヶ谷ロフトA)共同主催。スリランカコロンボでの和食レストラン事業部立ち上げの指導など多方面で活躍。