東日本大震災にも負けなかった「カリー亭」のレトルトチキンカレー

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東日本大震災にも負けなかった「カリー亭」のレトルトチキンカレー

わが家では長年、横浜に拠点のある会員制個人宅配「地球人倶楽部」から毎週食材を取り寄せています。オクサマが雑誌で取材したのがきっけで、その当時住んでいた目黒まで宅配の販路を広げていただきました。その後豊島区へ引っ越し、さらに横浜から遠い販路を拡大していただきました。かれこれ、30年の長きおつきあいですが、「地球人倶楽部」を通じて厳選された良い食材に出会いました。

 

今でも、わが家で定番の「松田のマヨネーズ」や「飯尾醸造の富士酢」「白扇酒造の本みりん」などは30年も愛用しており、料理作りにはかかせないものとなりました。この「地球人倶楽部」の食材は毎週金曜日に届いているので、主に土日に料理することが多いのです。

 

カレーを作る材料も多くオーダーしておりました。カレー粉など色々なスパイスが入ったルーも多く頼んでいて月一でカレーを作っていたと勘定すると、300回以上も「地球人倶楽部」の食材でカレーを作っていた計算になります。

 

ある時に地球人倶楽部で、新しいレトルトカレーに目がとまったのでした。それは、岩手県宮古市のカレー専門店『カリー亭』の「チキンカレー」です。届いたカレーのパッケージは1個ごと新聞紙を袋状にして糸かがりして、ラベルはコピーに色鉛筆で塗られていて手作り感一杯のものでした。このパッケージは地球人倶楽部の地元横浜で障がいを持っている方々の支援組織「地域作業所カプカプ」という所で制作されています。中からレトルトのカレーを取り出したら、ジャガイモなどの野菜の保存袋としても再利用出来るようになっているのです。

 

この『カリー亭』は、宮古で元々焼き鳥居酒屋『鳥もと』という店を経営していた小幡さんが経営していたのですが、東日本大震災で焼き鳥居酒屋は大きな被害を受けたそうです。『カリー亭』の方は被害が少なく、こちらだけでいち早く立ち上げよう」と決意し、スタッフと一緒にボランティア登録したそうです。「TORIMOTO災害バスターズ」と名乗り、撤去作業などボランティア活動に取り組んで、震災からおよそ20日後に「カリー亭」を再開しました。

 

カレーライスの嫌いな人はあまりいないと思います。1968年に大塚食品が「ボンカレー」を発売してまもなく半世紀になります。子どもの頃にテレビCMで『3分待つのだぞ』というキャッチフレーズでタ手軽に食せるレトルトカレーに興味を持ったのです。今や全国各地でご当地カレーが1000種以上もあるようです。旅行に行った時でも、道の駅などその地位の特産物を扱っている店で、レトルトカレーをお土産としてついつい買ってしまいます。しばらく食品保存場所に放置していたのを忘れていてので、思いだした時に、湯煎して購入した場所を思いだしながら食べるのも楽しみなひとつです。

東日本大震災にも負けなかった「カリー亭」のレトルトチキンカレー

『カリー亭』のチキンカレーは、大きなもも肉が入っていますが、このレトルトは手羽さき入りで、食べると身がすぐほぐれるくらい充分に煮込まれています。調味料は香辛料の他は天然塩のみとシンプルだが、大東町(岩手県)の菜種油で玉ねぎの甘さを引き出していて旨いのです。東日本大震災復興もカレーを食べて元気に応援したいと思います。

レトルトチキンカレー

有限会社とりもと

※掲載情報は 2016/04/01 時点のものとなります。

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キュレーター情報

後藤晴彦(お手伝いハルコ)

アートディレクター・食文化研究家

後藤晴彦(お手伝いハルコ)

後藤晴彦は、ある時に料理に目覚め、料理の修業をはじめたのである。妻のことを“オクサマ”とお呼びし、自身はお手伝いハルコと自称して、毎日料理作りに励んでいる。
本業は出版関連の雑誌・ムック・書籍の企画編集デザイン制作のアート・ディレクションから、企業のコンサルタントとして、商品開発からマーケティング、販促までプロデュースを手がける。お手伝いハルコのキャラクタ-で『料理王国』『日経おとなのOFF』で連載をし、『包丁の使い方とカッティング』、『街場の料理の鉄人』、『一流料理人に学ぶ懐かしごはん』などを著す。電子書籍『お手伝いハルコの料理修行』がBookLiveから配信。
調理器具から食品開発のアドバイザーや岩手県の産業創造アドバイザーに就任し、岩手県の食を中心とした復興支援のお手伝いもしている。

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