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ワイン通だからこそはまる罠。今、ギリシャワインは、美しい。
ギリシャワイン。その名を聞くとおそらくワイン好き、愛好家であれば「あぁ、あの松脂を使った独特の風味のワインは知っている」と答えるのではないだろうか。レツィーナと呼ばれる松脂を加えた白ワインは、世界各地に広がる王道的であり観光的なギリシャレストラン(踊りながらお皿を叩きつけて割るアトラクションがある)とともに、「ギリシャ代表」として認知されていった。レツィーナも一度はまれば癖になるワインだが好みは分かれるところ。そして問題は、これが有名、代名詞になったことで、ギリシャでは普通のワインが好まれていないのではないかと思われていることだ。と偉そうに書いている僕自身、やはりどこかでギリシャを代表するのは松脂ワイン、しかもどちらかというと僕はこれにはまらない側。ということでギリシャワインへの注目はやめてしまっていたのだ。
「ギリシャの素晴らしいワインメイカーが来日します。松脂系ではありませんよ。テイスティングしますか?」という話が、以前ippinでも紹介したレバノンワイン【「赤いバラ」と「交響楽」。レバノンワインという幸せ」】(http://r.gnavi.co.jp/ippin/article-1756/)を輸入する「Vins d’Olive」社からあった際には半信半疑の気持ちではあったが、世界のワイン業界でも評価と注目度も高い『GAIA WINES(イエア ワインズ)』、その共同オーナーでワインメイカーのヤニス・パラスケヴォブロスさんが来日するとのことで、もしかしたら新しいギリシャワインの世界が開けるかもという期待感でテイスティングの場に臨んだ。
ヤニスさんの話を聞けば、そもそもギリシャワインの歴史は長く、その歩みは6000年前から。ローマ、オスマンの支配時代を経て、産業そのものは縮小したり拡大したりしながら1934年ごろから近代化を迎えたとのことで、古くて新しい産業ということができる。ギリシャ全土、北側バルカン半島の山地沿いの高山気候、アテネなど海岸沿いの温帯気候、さらに地中海気候の3つの気候の中、全土でワインは作られていて、欧州7位の生産量を誇る。イエアワインズはその中で2つの良質なエリアでワイン造りを行っているが、日本人として注目してしまうのが、そのうちのひとつ、サントリーニ島だ。
サントリーニ島といえば、日本でも憧れのエーゲ海の美しい島。まばゆいブルーと白亜の世界。観光の島としてよく知られている場所で、実際、世界中から人々が訪れる、ギリシャ屈指、というよりも地中海、欧州屈指の観光地。その側面はもちろん事実なのだが、一方でこの島ではいにしえの時代から独特の手法でぶどうを育て、脈々とワインを造ってきた。ギリシャの中でも実に恵まれたワイン産地なのだ。ヤニスさんがこの地に目をつけたのは、サントリーニだからこその恵み。それは、火山灰質土壌と海風と太陽の計り知れないケミストリー。火山の地中のミネラルなのか、海から運ばれたミネラルなのか。数字や化学で解くには膨大な時間がかかりそうなケミストリーを、なぜ知ることができたのか。ギリシャ人としてのカンでありワインメイカーとしての慧眼とでもいうのか。それともサントリーニの名のもとになった、聖イレーナの導きなのか……、そのあたりはわからないのだけれど、ワインをテイスティングしているうちに、つい、現実離れした発想が浮かんでしまう。粘土質ゼロの土壌のためワインの天敵でもあるフィロキセラの被害の心配はないが、しかし、一方でブドウの木を脅かす強風に耐える。サントリーニの地にそうやって根を張って生きてきた樹齢400年を超える木々から生まれるみずみずしい生命力。海の力、火山の力、風の力、そして島民の営みの力……。
最初にテイスティングしたのは、こちらの『THALASSITIS』。キャッチフレーズは「海からの贈り物」。アシルティコというギリシャの地品種から生まれたワイン。このブドウはミネラル感とフルーツ感が引き立つという特徴があるらしいが、実際に開けてみると、いきなりアロマティック、モモのネクターをシャーベットにしたようなみずみずしくも甘やかな香り。しかし口に含むとそれが不必要にからんでくることはない。おしろいやゆりの花のような苦味を伴う白いニュアンスを感じながら飲んでいると、今度は塩味のミネラル。アンパンにのせた桜の塩漬けのようなほろ苦さから一気に海風の世界へ。アロマはこの時点ではドライに変化し、心地良い酸味に、目を閉じると青い空と白い壁が、確かに浮かんでくる。先入観はあるだろうけれど、おそらくブラインドテイスティングをしても海風と濃密な白いフルーツと花は感じられるだろう。ドライでさらさらはしているけれど奥底に濃密さ。
同じくアシルティコを使った、「ワイルドファーメント」も世界観が同じだが、高いアルコール感の中に旨みが閉じ込められ海底の奥底にでも引き寄せられつつ、その海底はどこまで行ってもエーゲ海の太陽が届いているような不思議な世界。専門的に書けば、「フレンチオークとアメリカンオークに加えてアカシアの樽も使用し熟成。週2回のバトナージュで4ヶ月間オリと共に熟成」ということなのだが、ドライで爽やかで熟成感とうまみとしっかりとお酒……という幸せで明るい混沌をただただ楽しんでいたい。カラマリフライにレモンを思いっきり絞ったものから、タコをちょっとあぶってお出汁で炊き込む…という和のじっくりした世界でも。
エーゲ海の海底で熟成させる、などアイデアマンでもあるヤニスさんだが、その根底には、伝統に根ざしたかたちで、ギリシャワインの本当の魅力を伝えたい、という情熱がある。迷宮といえば、同じエーゲ海でもクレタ島のクノッソスの迷宮が有名だが、サントリーニ島でヤニスさんが作るワインは、どこまでも明るい太陽と潮風を感じながら迷い込む迷宮。ワインでよく言われる「複雑さ」という言葉には色々な種類があるけれど、サントリーニ島のワインがもつ複雑さは、ロマンティックな気がしてならない。春から初夏へ。晴れた日の朝、午後、そして夕暮れに。ギリシャの様々なブドウについて聞くと、「ギリシャ語の単語の発音って難しくて覚えられないでしょ?」と人懐っこい笑顔で肩を組んでくれるヤニスさん。サントリーニ島のワインと同じ。神秘だけれどカラッとした明るさ。ワインメイカーのキャラクターも一緒に楽しんで。
※掲載情報は 2016/03/08 時点のものとなります。
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キュレーター情報
ワインナビゲーター
岩瀬大二
MC/ライター/コンサルタントなど様々な視点・役割から、ワイン、シャンパーニュ、ハードリカーなどの魅力を伝え、広げる「ワインナビゲーター」。ワインに限らず、日本酒、焼酎、ビールなども含めた「お酒をめぐるストーリーづくり」「お酒を楽しむ場づくり」が得意分野。
フランス・シャンパーニュ騎士団 オフィシエ。
シャンパーニュ専門WEBマガジン『シュワリスタ・ラウンジ』編集長。
日本ワイン専門WEBマガジン「vinetree MAGAZINE」企画・執筆
(https://magazine.vinetree.jp/)ワイン専門誌「WINE WHAT!?」特集企画・ワインセレクト・執筆。
飲食店向けワインセレクト、コンサルティング、個人向けワイン・セレクトサービス。
ワイン学校『アカデミー・デュ・ヴァン』講師。
プライベートサロン『Verde(ヴェルデ)』でのユニークなワイン会運営。
anan×本格焼酎・泡盛NIGHT/シュワリスタ・ラウンジ読者交流パーティなど各種ワインイベント/ /豊洲パエリア/フィエスタ・デ・エスパーニャなどお酒と笑顔をつなげるイベントの企画・MC実績多数。