瓶詰の天国

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小ぶりなガラス瓶から広がる世界

コラージュ作品が好きである。マックス・エルンストの『百頭女』、『カルメル修道会に入ろうとしたある少女の夢』、『慈善週間または七大元素』という三大コラージュ・ロマン。我が国でいえば、野中ユリ。繊細に切り抜かれた図版を自在に配し、ときにエッチングなどと組み合わせて、もともと図版が置かれていた世界から遠く離れ、新しい物語を紡ぐコラージュ作品は、ひとつの世界にまた違う世界が入れ子式に内包されているという点において、さながら宇宙のミニアチュールのようである。

 

平面作品でさえそうであるから、立体ともなると、そこに配置されたオブジェの出自や、それぞれの関係性はより複雑になり、それゆえ作品が生み出す世界もより混沌とした、あるいは超現実的なものとなる。そうした立体コラージュ=アッサンブラージュで名前を挙げるとすれば、ジョゼフ・コーネルだろうか。

 

1903年、ニューヨークに生まれたジョゼフ・コーネルは、マックス・エルンストやサルバドール・ダリらに感化され、1931年より作品制作をスタートする。はじめこそエルンストを彷彿とさせるコラージュ作品を手がけていたが、程なく立体作品に移行。1936年には、後に彼の代名詞となる箱の中にオブジェを配置した最初のアッサンブラージュを発表している。1930年代の後半から制作した、パイプと球体を主なモティーフにした「シャボン玉セット」シリーズや、箱の下から1/4~1/6ほどの位置で区切った上に中世のイタリア画家の絵の複製を配置した「メディチ」シリーズ、鸚鵡の図版をメインにあしらったシリーズ(コーネルの作品は”Untitled”が結構多い)など、有名な作品は数々あれど、私が好きなのは「無題(ファーマシー)」というシリーズだ。

 

ジョゼフ・コーネルの「無題(ファーマシー)」は、グリッド状に区切られ、内側に鏡を貼り込んだ木製のキャビネットに、医療用の瓶を5つ×4段、計20個並べた作品である。瓶の中には、コルク、砂、鳥の羽根、枯葉、銅線、貝殻、蝶の標本、アルミ箔、チュールなどが収められている。これらは薬剤師の持つ魔術的ともいえる本質的な部分の儚い代替品、象徴であるという。薬剤師が調合する薬は病を癒すが、コーネルが薬瓶に収めたものたちは、さながら子供時代に蒐集したそれのようであり、ノスタルジックな感情とともに無垢で楽しかった時代へと観る者を誘う。瓶に入れ、蓋をすることで、永遠にかたちを留めてくれそうなオブジェたち。宙づりの少年期。

 

ちなみに「ファーマシー」という作品名は、マルセル・デュシャンが”Rectified readymade”のひとつとして1914年に発表した作品にもある。これは冬の景色が写っているコマーシャル・プリントにグワッシュで彩色した名も知らぬアーティストの作品に、デュシャンが赤と黄色の小さな点をペイントしたもの。デュシャンによって加えられたそのヴィヴィッドな色は、当時薬局のウインドウで一般的に見られた、色のついた液体の入った薬瓶を象徴しているといわれている。このカラフルな薬瓶というモティーフは、コーネルの「ファーマシー」において実物として提示され、後のダミアン・ハーストの「スポット・ペインティング」や部屋をまるまる使うインスタレーション「ファーマシー」とも呼応している。

 

小体な瓶がいくつも並んでいる様は何とも愛らしい。コーネルの「ファーマシー」が、その内容物とともにノスタルジックな印象を醸し出すということは前に書いたが、小さなガラス瓶の集合は、どこか標本めいた雰囲気があり理科室の実験を思い起こさせる。ガラス瓶のひんやりとした手触りは一見無機的だが、昨今のプラスティック容器に比べたらはるかに表情豊かで人間味がある。利便性が勝った現代において、ガラス瓶が発する前時代感は、コーネルが薬瓶に収めた、どこか懐かしさのあるものたちと通底しているのかもしれない。

 

そうした小さなガラス瓶をカラフルに満たしてくれる食べ物といえばジャムだ。子供の頃、トーストにバターとジャムをたっぷり塗ってガブリといくのが好きだったという人は少なくないだろう。ジャムというものは、そうした子供時代の記憶を引き出してくれる。昔にはなかったような味、種類が今ではたくさんあるが、そうした部分でなくジャムの佇まいそのものが記憶と紐付いているのであろう。

 

鎌倉にジャムの店「Romi-Unie Confiture」、学芸大学に焼菓子とジャムの店「Maison romi-unie」を構える「romi-unie」は、もはや説明不要の名店だ。季節の旬を取り入れたフルーツジャムはもちろん、ミルクジャム、シロップやレモンクッキーなど、どれも落ち着いた味わいがあっていい。

 

こちらのジャムは80グラム入りの瓶がスタンダードサイズで、これはだいたい3~5回で食べきる量だ。このサイズ、開封後新鮮なうちに食べ終えることができるという意味で実に優れているのだが、見た目のサイズ感も何ともいえない可愛げがある。ちょうどジョゼフ・コーネルの「ファーマシー」について考えていたところだったので、目に付いたジャムを5種類ほど購入してみた。

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コーネルよろしく箱に収めてもらい持ち帰る(要別途箱代)。瓶にはそれぞれ太いゴムバンドでジャムの名称が書かれたタグがつけられている。今回はいちごとフランボワーズの”Anniversaire”、いちご、ミント、黒胡椒の”Conte de Printemps”、いちじくとカシスの”Cache-Cache”という季節のフルーツジャム3種と、季節のマーマレードでシトラス、ブンタン、はちみつの”Citrus Buntan-Miel”、そしてキャラメル、発酵バター、ゲランドの塩でできたキャラメルクリーム”Caramel Bretagne”を選んだ。

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中身が見えるようにずらり並べてみると、食べる前から楽しい。日の光がガラス越しに中身を照らす様子を見るにつけ、ジャムやマーマレードは日中にふさわしい食べ物だと実感する。照明の光ではこうはいかないのである。


私が買い求めた5種以外にも「romi-unie」には多数のジャム、マーマレードがあるので、時間に余裕を持ってゆっくり選ぶのがいいだろう。「Romi-Unie Confiture」には鎌倉限定のジャムもある。これからの季節、鎌倉散策がてら足を運ぶのも一興ではないだろうか。

瓶詰の天国

ガラス瓶の話を書いていたら、「瓶詰の地獄」を思い出した。夢野久作が1928年(昭和3年)に発表した短篇小説である。

 

日本三大奇書のひとつと称される長篇小説「ドグラ・マグラ」がつとに有名な作家、夢野久作は、1926年(大正15年)の『新青年』の公募に応募し、二等に選出された(この回の一等は該当作なし)「あやかしの鼓」が同年10月の同誌に発表され、作家デビューを果たした。作家としての活動は10年ほどだが、「死後の恋」、「人間腸詰」、「少女地獄」といった作品が江戸川乱歩をはじめ探偵小説界を中心に絶賛され、現代まで多くの読者に読み継がれている。今年は夢野久作の没後80年ということで、3月11日の命日に合わせて『ユメノユモレスク』という、短篇4篇とそれぞれに銅版画家によるカラー扉がついた、恋の奇想曲(ユモレスク)がテーマのアンソロジーが発売されたりして、やや賑やかになっている様子である。

 

「瓶詰の地獄」は、××島村役場が海洋研究所に宛てた手紙から始まる。潮流研究用の赤い封蝋のついたビール瓶とは異なる、樹脂封蝋つきのビール瓶が3本、島に漂着したので、村費にて研究所に送付する旨が書かれたこの手紙に続け、ビール瓶の中にあった3通の手紙の内容が読者に示される。

 

海難事故に遭い、無人島に漂着した兄・市川太郎と妹・アヤ子。3本のビール瓶の中の手紙は、この二人がしたためたものだった。「第一の瓶の内容」には、救いの船が無人島に到着しようというときに、「私達はこうして私達の肉体と霊魂を罰せねば、犯した罪の報償(つぐない)が出来ないのです。この離れ島の中で、私達二人が犯した、それはそれは恐ろしい悖戻(はいれい)の報償なのです」と、フカの泳ぐ海に身を投げようとする兄妹の懺悔が、「神様からも人間からも救われ得ぬ哀しき二人より」という連名ではあるがアヤ子の筆で記されている。続けて「第二の瓶の内容」は、兄・太郎が無人島漂着(兄が11歳、妹は7歳であった)から10年ほども経ったであろう頃までの様子、その歳月の中で「アヤ子の肉体が、奇蹟のように美しく麗沢(つややか)に育って」兄がアヤ子を意識し、またアヤ子も兄を意識するようになりながらも、ギリギリのところで踏みとどまっている苦悩を綴ったものだ。「第三の瓶の内容」は、おそらく無人島に流れ着いてすぐ、兄妹連名で「ボクタチ兄ダイハ、ナカヨク、タッシャニコノシマニ、クラシテイマス。ハヤク、タスケニ、キテクダサイ。」という手紙である。

 

どう進んでも地獄という兄妹の運命を、時系列を逆さまに提示することで、読者は不可解な思いを抱き、再び物語の最初に立ち返って読み直す。そうすることで作中の兄妹は、波が寄せては返すように何度でも地獄を味わわされることになるのである。

 

ところで、この無人島は年中夏のようで、魚もよく獲れ、果物もたくさん繁り、食べるものには困らなかったという。そうした色彩豊かな南国情緒の中の兄妹の姿は暗雲たるものであり、実に対照的である。ここで再び「romi-unie」のジャムに思いを巡らせるならば、”Illumine”というキウイとアプリコットのフルーツジャムがエキゾティックな無人島のイメージに近いだろうか(あくまでもイメージだが)。ビール瓶の中の手紙が「瓶詰の地獄」なら、「romi-unie」のジャムはさしずめ「瓶詰の天国」とでもいえそうだ。

※掲載情報は 2016/03/31 時点のものとなります。

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キュレーター情報

青野賢一

BEAMSクリエイティブディレクター

青野賢一

セレクトショップBEAMSの社長直轄部署「ビームス創造研究所」に所属するクリエイティブディレクター。音楽部門〈BEAMS RECORDS〉のディレクターも務める。執筆、編集、選曲、展示やイベントの企画運営、大学講師など、個人のソフト力を主にクライアントワークに活かし、ファッション、音楽、アート、文学をつなぐ活動を行っている。『ミセス』(文化出版局)、『OCEANS』(インターナショナル・ラグジュアリー・メディア)、『IN THE CITY』(サンクチュアリ出版)、ウェブマガジン『TV & smile』、『Sound & Recording Magazine』ウェブなどでコラムやエッセイを連載中。

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