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ぷにゅーんと沈んでぷりっと歯切れる、ありえない食感
ありえないことが起こる。こうなるにちがいないという予想はものの見事に裏切られる。ぷにゅーんと生地が沈む。まるでテンピュール枕みたいにひたすらソフトにまったりと沈んでいく。沈んだら、今度は跳ね返ってくる番だ。と、普通はそう思う。
返ってこない。そのままくにゅっと歯切れる。そしてちゅるちゅるーと溶けて、生地が消失する。なんだこの食感は!ニュートン以来の物理法則はいま覆される。
宇宙空間でドーナッツを食べたらきっとこうなるんじゃないだろうか。ブラフベーカリーのQQ-NYCドーナッツは「無重力ドーナッツ」と呼ぶにふさわしい。
台湾で見つけた奇跡の小麦粉「QQ」から作られる
このドーナツに付けられた「QQ」という名はどういう意味なのか。「長年探していたものをやっと見つけました」とブラフベーカリーの栄徳剛シェフは言う。探し物は台湾にあった。
QQとは台湾のメーカーが作る小麦粉の名前にちなむ。日本の製粉会社がまだ手を出していない未踏の領域。天然素材から抽出されたさまざまな酵素が小麦粉に入れられることで、決してありえない食感が得られる。QQさえ使えばこうなるわけでもない。若手ブーランジェの中でもピカイチといえる超絶テクの使い手である栄徳シェフだからこそ、この唯一無二の食感は可能になる。わずかな水分量のちがいでも無重力状態は生まれないのだ。
生地だけでなくトッピングとグレーズもありえない!
超常現象が起こるのは生地の食感だけではない。トッピングとグレーズ(上がけ)においてもそうなのだ。
たとえば、きーんとした酸味と駆け抜け、甘さがしゅわーっと溶けてくるラズベリーグレーズ。たっぷりのグレーズの上にトッピングされたドライラズベリーは湿っておらず、かりかりとしている。このドライフルーツはカカオバターでコーティングされているので、食感を失うことがないのだ。
そして、ホワイトチョコ&ブロンドチョコクロッカン。このホワイトチョコクリームには、フランス高級チョコ素材の代名詞ヴァローナ社のものが使われている。溶ける、溶ける、溶けまくる、そして滲みわたる。ホワイトチョコかと思いきや、途中からきゅいーんとキャラメルのほろ苦さがのびてくる。こんなこともいままで一度も味わったことはない。そして、トッピングのチョコクロッカンがかりんかりん割れる。こうした一切はあの無重力食感と同時に起こる。ぷにゅーん、くにゅ、ちゅるー、しゅわー、しゅわー、かりんかりん。あっちからこっちから伏線と仕掛けが連鎖するめまぐるしいドミノ倒しが、息つく暇を与えない。無重力ドーナッツはこんなふうに、こよなくスラップスティックなのである。
※掲載情報は 2015/02/16 時点のものとなります。
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キュレーター情報
パンラボ主宰・パンライター
池田浩明
パンの研究所「パンラボ」主宰。日本中のパン屋におもむき、パンを食べ、パン職人の話に耳を傾け、パンについて書く。パンラボblog(panlabo.jugem.jp)でパン情報発信中。1日4回5回とパンを食べる毎日。Twitter.com/ikedahiloaki、instagram.com/ikedahiloakiでは食べたパンを実況中継中。著書『パンラボ』(白夜書房刊)、『サッカロマイセスセレビシエ』(ガイドワークス刊。パンラボblogで連載「東京の200軒を巡る冒険」単行本)、『パン欲』(世界文化社刊。日本全国パンの聖地を旅する)。あらゆるパンを愛するというのがモットー。雑誌、トークショー・講演、ラジオとさまざまな媒体でパンのすばらしさを説く。