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和食にも合うイタリア生まれの魚醤
東京の下町、門前仲町に『パッソ ア パッソ』というイタリア料理店がある。そこのシェフの有馬邦明さんは「イタリア料理界の鬼才」と呼ばれ、ファンも多い。素材の美味しさを引き出すために、全国の生産者さんのもとを訪れて野菜や米作りなどを手伝うという、こだわりのシェフなのだ。
ある日有馬シェフと話していた時に、イタリア料理にコクとうま味を出すには「コラトゥーラ」という調味料が良いのだと聞いた。「コラトゥーラ? もしかしたらガルムのこと?」と聞き返した。
ガルムは日本の秋田の「しょっつる(塩汁)」や奥能登の「いしる(魚汁)」、ベトナムの「ニョクマム」、タイの「ナンプラー」などと同じ魚醤の仲間である。古代ローマ時代からある調味料で、古代ローマの料理のほとんどにガルムが使われている。醤油やウスターソースに近いものだと思えば良いだろう。ガルムはサバやアンチョビ、マグロ、カツオ、イワシなどの小魚の内臓を原料とし、これらの魚に塩を加えて素焼きのカメに入れ、撹拌しながら天日で2~3ヶ月かけて発酵させ熟成させる。古代ローマ時代にはなくてならない調味料だったのだ。
しかし、そんな万能調味料ならもっとイタリア料理では使われていいはずなのに、なぜあまり使われなくなったのだろうか。
イタリア料理らしいアイテムといえばトマトソースだが、トマトがイタリア料理に登場して普及するのは18世紀頃からである。料理自体が現在のようになったのはルネサンス期からであり、色々な食材が入手可能になり、きちんとブロード(だし)をとるレシピが確立され、そうするうちにガルムは忘れられた調味料となったのではと推測する。フランスの偉大な料理人レイモン・オリビエの『オリビェ・ソースの本』(辻静雄監修・角田鞠訳/柴田書店)でも「古代ローマのガラム(原文ママ)では、このしぼり汁に、さらに蜂蜜、酢、八つ目うなぎの血、うにやアンチョビのピューレなどを加える。東洋の風味を知る者には、この組み合わせも合点がゆくのであろうが。西洋嗜好から考えると、いささか気味の悪い取り合わせである。」と断言し途絶えてしまったとまで書かれていた。
しかし、記憶が定かではないが、10年くらい前に確かこのガルムを復活させ、ポンペイにガルムを使った料理を提供するリストランテが出来たと聞いたことがあった。日本でも醗酵食品が見直されて、一般の方々が使われるようになるとこの魚醤調味料も理解されやすい素地があるのでは。
しばらくガルムやコラトゥーラの存在自体を忘れていたが、食文化研家であり日本のオリーブオイル普及に尽力された北村光世先生の本を製作することになり、鎌倉稲村ガ崎の自宅で撮影をしていた時にガルムならぬコラトゥーラに再び出会った。北村先生のレシピはオリーブオイルを多用し、パスタや野菜やきのこの炒めにこのコラトゥーラを使っていて、撮影したものを試食したのだが、想像以上に旨かかったのである。また、俄にイタリア産の魚醤調味料に興味を引かれたのだった。
この「門外不出のコラトゥーラ」はイタリア・シチリア島の南岸に位置するシアッカで生まれてた。「コラトゥーラ・ディ・アリーチ」は、カタクチイワシの魚醤で、アンチョビを作るのと同じ要領で、新鮮なカタクチイワシに天然塩を加えて木樽で半年ほど寝かせて作る。発酵熟成されるなかで魚のタンパク質がアミノ酸(うまみ)に分解・凝縮され、塩もまろやかに変化。じんわりにじみ出てくる「うまみ」の液体は、にごりがなくなるまで何度も丁寧に濾過して雑味が払われ、透き通った琥珀色になっていく(コラトゥーラは濾過物という意味)。それまで色々な魚醤を試していたものの、やはり魚の持つ独特の生臭さが気になってわが家では使わなかったが、このコラトゥーラはピュアで優れもの。使う際にはオリーブオイルやレモン、ハーブとの組み合わせて使うことをお薦めする。
イタリアで修行してきたプロの料理人達がイタリアのレシピを再現したいと、コラトゥーラを使うレストランが増えていると聞いているが、もっと日本で使われても良い調味料だと思うし、今度は和食にも応用してみようと思うのだ。
※掲載情報は 2018/01/12 時点のものとなります。
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キュレーター情報
アートディレクター・食文化研究家
後藤晴彦(お手伝いハルコ)
後藤晴彦は、ある時に料理に目覚め、料理の修業をはじめたのである。妻のことを“オクサマ”とお呼びし、自身はお手伝いハルコと自称して、毎日料理作りに励んでいる。
本業は出版関連の雑誌・ムック・書籍の企画編集デザイン制作のアート・ディレクションから、企業のコンサルタントとして、商品開発からマーケティング、販促までプロデュースを手がける。お手伝いハルコのキャラクタ-で『料理王国』『日経おとなのOFF』で連載をし、『包丁の使い方とカッティング』、『街場の料理の鉄人』、『一流料理人に学ぶ懐かしごはん』などを著す。電子書籍『お手伝いハルコの料理修行』がBookLiveから配信。
調理器具から食品開発のアドバイザーや岩手県の産業創造アドバイザーに就任し、岩手県の食を中心とした復興支援のお手伝いもしている。