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海外におけるマーケティングやPR事業を展開する株式会社TNCの代表取締役社長として、海外と東京を往復する多忙な日々を送る中、大学の非常勤講師やレストランオーナーという顔も持つ小祝さん。具体的にどんなお仕事をしているのか? 海外を視野に入れた活動をするようになったきっかけとは? 株式会社TNCが経営する今話題のレストラン「メゾン・ド・ツユキ」でお話を伺いました。
世界中にいる500人のリサーチャーが日々、海外情報を集めている会社。
【小祝さんは株式会社TNC の代表取締役を務めていらっしゃいますが、この会社のメイン事業とは、どのような内容でしょうか?】
「ライフスタイル・リサーチャー」(http://lifestyle.tenace.co.jp/)という事業がメインとなっています。これは、世界70カ国に住む日本人リサーチャーとのネットワークを基盤とし、依頼主である企業のオーダーに合わせ、ありとあらゆる現地情報を集めて、様々なかたちにアウトプットするというものです。リサーチャーはいずれも日本人女性で、現地に嫁いで行っている方、現地で起業した方、マーケッター、フリーのライターやコーディネーターなど、長期間在住することで現地に精通し、情報感度の高い人たちを集めています。
リサーチャーはいずれも本業を持つ、その道のプロフェッショナルばかり。食に強い人、ファッションに強い人、暮らし周りに強い人、専門性の高い分野に強い人など、プロファイリングはしっかり行っています。1カ国に1人ではなくて、アクティブなエリアだと1都市に20人ほどのリサーチャーを配置しており、その中から案件に合わせてアサインできる体制を整えています。
【企業からの依頼というのは、どのようなものがありますか?】
現地市場攻略のためのマーケティング調査や商品開発をはじめ、コンテンツなどへの活用を目的としたものが中心です。アウトプット方法も多岐に渡りますが、やはり調査レポートの作成が多いですね。ジャンルは衣食住のすべてに関わるもので、食なら「お茶」だったり、「チョコレート」だったり。ほかにも車、家電、化粧品、紙おむつなどありとあらゆる消費財が調査対象です。
調査レポートには2つの方向性があって、1つ目は日本企業が海外進出するにあたり、現地情報を必要とするケース。その国によって異なる文化やライフスタイル、現地のトレンド情報などが、現地向けの企業戦略や商品開発に活用されています。これが、アウトバウンドの中心です。もう1つは、海外にヒントを求めるインバウンド。まだ日本にないような素材、商品、新しいビジネスモデルとなり得るものを、海外から取り入れようとしている企業に伝えます。情報を提供するだけではなく、商品開発やコンサルティング領域に参画することもあります。
こういったインとアウト両方の活動によって日本と世界の価値をつなげるのが、株式会社TNCの大きなコンセプト。「海外に市場あり。海外にヒントあり。」を掲げています。非常にユニークな事業として、創業から13年になります。
【ライフスタイル・リサーチャーが基盤とのことですが、他にはどのような事業展開がありますか?】
ライフスタイル・リサーチャーから派生した、新規性が高いネットワークがあります。例えば、食に特化した「シェフズ」というネットワークは、海外で活躍している日本人シェフとのつながりや知見を活かしたものです。彼らは現地に根ざして、日本の食材や調味料といったものを、現地の人たちにどうやって食べてもらうかに命をかけている人たち。彼らと一緒に現地向けの戦略を考えたり、レシピを考案してもらったり、彼らを媒介にコミュニケーションの共用もしています。
また一方で、「TNCアジアトレンドラボ」(http://www.tnc-trend.jp/)というアジアのトレンドに特化した研究機関を社内に設置しています。現在はASEAN加盟国を中心に合計14カ国、アジア一帯の国々のトレンド分析を行っています。日々のトレンドを複数のカテゴリーに分け、現地の消費トレンドやマーケットのトレンドを記事にして「ASIA Trend Lab.」というサイトを毎日更新し、アジア各国のトレンド背景などを分析しています。
【日本人リサーチャーにこだわる理由とは?】
日本語でコミュニケーションをしながら正確な情報をやり取りすることが、海外情報を扱う上で一番大切だからです。企業側の課題を、東京の我々と現地の彼らとが共通認識を持つことが、確度の高い情報収集や戦略へとつながります。特に「TNCアジアトレンドラボ」の場合は、できるだけ現地の人の生活者目線で情報を取ってくることに注力しています。それを支えてくれているメンバーは、学生を中心としたトレンド感度が高くて消費力のある若者たち。彼らをボードメンバーとして現地でトレンド会議を開いてもらい、現地の生活者目線によるアジアの最新トレンドを集めています。そこから現地向けの戦略を考えたり、現地のトレンドからひもとくマーケティング戦略を立てたりしています。
また、リサーチャーが日本人であるのと同様に女性であることも重視しています。なぜなら、女性は生活者自身であることがほとんどだから。買い物、家事、育児などを通じて、その街を生活者として見つめられる特質を持っているんですね。例えば「ここのスーパーは、商材はいいけれど高い」という情報だとか、子育てをしている女性同士のコミュニケーションというものもあると思いますが、そこに男性が入っていくのはなかなか難しい。だからこそ、そういった女性の生活者目線やトレンド感度、アンテナの高さを活用したいと考えています。
【最近の傾向として、ニーズの高まっている国やエリアはありますか?】
最近では世界的な「食」の潮流を把握し、国内の食市場を先読みしていく案件が多くなっています。海外での食の流れというものが、SNSなどの影響で時差なく日本へ入ってくる時代です。そんな中で我々がヒントにすることが多く、企業側も採用することが多いのはアメリカ西海岸の動きですね。サードウェーブコーヒーが代表的ですが、ほかにもハワイから西海岸を経由することで洗練されて日本に入ってくるケースもあれば、南米ペルーの伝統的な魚介料理「セビーチェ」など、西海岸の食スタイルにアレンジされて日本に伝わって来るケースもあります。そのように、食トレンドのハブになっているのがLA、サンフランシスコ、ポートランドに代表される西海岸と言えますね。
トレンドが加速するエリアという意味では、西海岸に加えてニューヨークのブルックリンなど東海岸、ロンドンもそうですね。ロンドンは他民族のマルチカルチャーをもつ都市なので、ロンドンというトンネルを抜けることで、アメリカとはまた違った面白いものになって発信されていく特徴があります。美味しいものがない街というのは今や昔の話しで、ロンドンは美食の街に変貌しました。いま私が最も注目している街がロンドンです。
そのようなこともあって、当社では年に2回くらい世界中のいろんな食のトレンドを集めた上で精査して、「世界の食の潮流を語る10のキーワード」を提案し、各企業でセミナーや勉強会も開催しています。こういった食の流れは日本にもすぐ伝わって来るし、日本を経由して新興市場であるASEAN各国に伝播することもあるし、海外から韓国に伝わりそのままSEANへ広まっていくこともあります。トレンドの源流や経由地を見極めることはとても大事なのです。なので、今は世界中の食の動きやトレンドの流れを常にウォッチしています。
【今まで、どのような商品開発を手がけて来ましたか?】
インバウンドで海外にヒントを求めるパターンでは、一番多いのが飲料です。日本は世界に類を見ないほど、商品の入れ替わるサイクルが早い国。特に飲料では常にトレンドや日本にない新しさを求める傾向が強いと感じます。商品開発の段階でいうと、根幹となるコンセプト作りで協力させていただくことが多いですね。
アウトバウンドでは、現地生活者の志向やライフスタイルに合わせた商品開発を手がけることが基本です。例えば化粧品や紙おむつなど。最終的には価格競争になるものの、日本のものをそのまま持ち込んでも売れるわけではないので、斬新さよりも、いかに現地の人たちのニーズを拾い集めるかが鍵となります。そのための情報収集手段として、現地の人たちの家庭訪問もするんですよ。
紙おむつの商品開発に携わった時は、おむつを替えるシーンを見せていただいたり、飲料の場合はご家庭のキッチンで試食や試飲をさせてもらったり、冷蔵庫を開けさせてもらったり……。ほかにもクローゼットやお財布の中を見せていただいたこともありますね。当社はエスノグラフィーのような調査手法も得意としていますが、現地の人の生活環境の中にいかに入っていけるか、さらに心の中にあるものをどうやって引き出すか、ということが重要です。だから家庭訪問では見せてもらって終わりではなく、1〜2時間かけてインタビューもさせてもらっています。1回の現地調査で最低でも5〜10家庭は訪問します。しかも、男性、女性、独身、幼い子どものいる夫婦、地方出身者など、様々な条件の人たちに話を聞いています。
アウトバンドの仕事ではいつも、まずは街全体を見て、次に街を構成する流通の店頭を見て、さらに人々の住環境を見に行き、心の中を見て行くという、大きなところから小さなところへ絞り込んでいく手法で、現地の市場を見ています。これに対してインバウンドの場合は、やることは同じでも集める情報が変わります。日本の市場や日本のターゲットを考えて、海外の新しいトレンドや知恵、ユニークなものを集めていきます。いろんな商材がある中で、クライアントと同じ気持ちで考えなければいけないので、インとアウト、どちらも簡単ではありません。その中でも、食の仕事がやっていて一番楽しいですね。
20代でインドネシアへ渡ったことが、世界を視野に入れるきっかけに。
【「食」に興味を持つようになったきっかけを教えてください。】
何か決定的なきっかけというものはなくて、仕事の現場で食に携わることが多く、常に世界中の食の動きを知っていなければいけない立場になったことが影響していると思います。あとは、
祖父がレストランや喫茶店など食関係の仕事をしていたので、そのような環境で育ったことも多少は影響しているかも知れませんね。
【海外に目を向けるようになった背景とは?】
海外の情報に価値があると考えるようになったのは、24歳の時にインドネシアのバリ島へ渡って、5年間暮らした経験がきっかけです。現地ではインドネシア人と一緒にスパを経営していました。日本とはあまりにも生活環境が違っていて、言葉はもちろん宗教も生活文化も経済レベルも違う。でも、それが日本人にとっては新しく魅力的だからこそ、大勢の日本人がバリ島にやってくる。日本人にとって海外の情報は価値があると気づいたのは、海外で実際に暮らした経験があったからです。日本の良さというものも、海外へ出て日本を外から俯瞰視できたからこそ感じることができたし、海外でビジネスをある程度成功させた上で帰国したことが自信にもなりました。そして海外と日本とをどう繋げていくか、という考えが芽生えたのも、海外での経験があったから。情報が来るのを待つのではなく届けて行く立場になったら面白いのでは?と。
【大学の非常勤講師もされていますが、どのようなテーマの授業を担当していますか?】
「グローバルマーケティング論」を教えています。約200人の学生を相手にしているので、責任も重大です。一口にグローバルマーケティングと言っても、ものすごく範囲が広いので、今とても有望な市場としてASEANに注目し、なぜ今この市場が世界から注目されているのかを前提に、ASEANの今をできるだけリアルに伝えるようにしています。日本の市場が少子高齢化で先細り傾向なのに対し、ASEAN市場が国民平均年齢がとても若く、まだまだ伸びゆく国が多い。アウトバウンドを考えている日本企業も、こうしたポテンシャルの高い市場をどう攻略するかを大きな課題として捉えていますよね。
学生にとって、できるだけ刺激になればと考えているので、極端な話「君たちの将来は、このまま安穏と暮らせるような時代ではなくなるだろう」と。黙っていてもグローバル化の波は押し寄せてくるし、インバウンドは3000万人の時代だし、移民は入ってくるし。それならば自分からどんどん外へ出て行って、自分が「いい」と思ったことや会社のミッションを海外で実践するべきだと考えています。だから、難しいマーケティング論を講義したところであまり意味がないと思っているので、できるだけ現地の写真や、人々の暮らしのビジュアルや生声を伝えて、座学のマーケティング論を学ぶよりも旅や留学に出るなど、何かしらの行動変容のきかっけになればいいなと思っています。
ベトナムの若者はこんなにも野心的で、仕事をしながらダブルスクールに通うなど、ものすごく自分に投資している。そういった競争社会だからこそ、急速に経済が伸びているのがベトナムの市場なんだという話や、ミャンマーはまだまだ発展途上だけれど、街の様子は今大きく変わっていて、人々の生活環境や持ち物も一気に変わっていく潮目にあるだとか。シンガポールは小さな国だけれど、日本とは違う確固たる事業戦略を国として持っている戦略国家だという話など、彼らが普段あまり聞かない刺激あふれるような話を、1回の講義で1つの国を取り上げて紹介しています。
一番反響があったのはシンガポールですね。あまりにも人気だったので、シンガポールは2度取り上げました。学生には「とにかく旅に出ろ」「現地の同じ世代の若者と交われ」と、そればかり言っているかも知れません。自分が海外に出て考え方が変わった経験をしているのもありますが、今若い時だからこそ、外に出て感じられることや吸収できること、視点というものがあると思うので。
海外と東京をつなぐ場として、神楽坂にサロンをオープン。
【本日こうして取材で使わせていただいている「メゾン・ド・ツユキ」は、どのような思いで作られた場所なのでしょうか?】
2年前の9月にここをオープンしましたが、会社で10数年に渡り様々な情報を扱ってきた中で、情報をさばくだけではなくて、リアルなコミュニケーションの場が欲しいと考えたのが発端です。例えば、今世界に約500人のリサーチャーを抱えているわけですが、その方たちが日本へ一時帰国した時に、迎えられる場所。また、お互い東京にいるけれど、情報のやりとりだけで直接お会いする機会がない方と接点が持てるようなスペースも欲いと思うようになりました。そのように、一軒家で、人々が行き交うような場所としてここを作りました。時には迎賓館的に、時には会議室として使えるような、会社とはまた違うスペース。
ここは以前、神楽坂芸者の置屋や料亭として使われていた築70年の建物です。実は月に3日だけレストランとして営業していて、その反響が今ものすごいことになっているんです(笑)。だから、当初の目的とは随分変わってきている部分もありますね。ちなみに、レストランで料理を担当しているのは2人の女性シェフなのですが、その1人の村上千砂シェフは、TNCを創業した人物です。口コミで火がついて、3カ月先まで予約が取れないほどの人気ぶりという状況です。
【今着手されている新しいプロジェクトや将来に向けての動きとして、差し支えない範囲で教えていただけますか?】
世界中の食のトレンドを網羅できるジャーナルを近日中に発刊予定です。すでに準備が進んでいて、名称は「FOODIAL(フーディアル)」。単なる読み物ではなく、主に企業のマーケティングや商品開発部門の方たちに定期的に購読していただけるようなものを目指します。月1回発行する予定で、ローンチは9月になりそうです。
あとは、僕の故郷である茨城県大子町のこと。やはり生まれ故郷が好きだし、大切な場所なので、大子町がもっと元気になるようなお手伝いが出来ればと思っています。だからこそ、自分が今こうして東京と海外を行ったり来たりしていることの意味を、大子町のためにつなげていきたいですね。実際には、海外在住の日本人の子どもたちを大子町に招き、自然体験や里山文化に触れてもらう「キッズ・ダイバーシティ」というキャンプ(http://kidsdiversity.wixsite.com/mixkicks)を企画し、昨年から夏休み期間中に開催しています。
さらに、大子町のお茶、りんご、奥久慈しゃも(地鶏)など特産品に関することや観光インバウンド施策や移住促進施策においても、何かできることがあればお手伝いしたいと思っています。大子町の良さは失わずに、魅力が日本全国だけでなく世界中に知られるような町になって欲しいですね。でも、町おこし、地域おこしというものは、その土地に身を置いて暮らしていなければ中途半端な結果になりがちなことも十分わかっています。けれど、自分のように今はその町に住んでいない出身者の立場として、できることが何なのかを探していきたいです。
MAISON DE TSUYUKI(メゾン・ド・ツユキ)
東京都新宿区岩戸町22-9
03-6280-7143
公式サイト
http://tsuyuki.tokyo
株式会社TNCがオーナーの一軒家サロン。かつて神楽坂芸者の置屋として使われていた70年前の建物で、世界中を旅する女性シェフ2名による和とフレンチがベースの「フランコ・ジャポネ」を提供するレストランとして月3日間と貸し切り対応だけ営業している。
【プロフィール】
大学卒業後、5年間のインドネシア勤務を経て、2004年から株式会社TNCの創業メンバーとして広告・マーケティング業界に従事。2008年に同社、代表取締役社長に就任。70カ国100地域在住500人の日本人女性のネットワーク『ライフスタイル・リサーチャー』を主軸とした海外リサーチ、マーケティング、PR業務のプロデューサーとして現在に至る。2011年にTNC Bangkok(タイ)、2014年TNC Jakarta(インドネシア)、TNC saigon(ベトナム)を設立。多摩大学/経営情報学部・非常勤講師。
http://lifestyle.tenace.co.jp/
※掲載情報は 2016/08/20 時点のものとなります。
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