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約30年間、飲食店の現場で知識や経験を積む一方で、ソムリエ、利き酒師、焼酎アドバイザーなど様々な資格を取得。2006年には利き酒師の世界チャンピオンに輝くなど、活躍の場を広げている佐藤さん。日本酒やワインの味を伝えるだけではなく、料理とのマリアージュにいたるまで、その幅広い知識はどのように習得したものなのでしょうか。そこには、驚くほど緻密で地道な努力が隠されていました。
プロとして、お客さまに負けない知識を
Q.現在のお仕事は、どのようなことをされていますか?
昨年の4月に残念ながら現場を離れまして、現在の肩書きは営業本部のCS推進室という、昨年私の着任と同時に新しくできたセクションです。当社サッポロライオンにご来店されたお客様にご満足いただけるよう、商品とサービスの品質を上げるというのが私の現在の仕事です。具体的には、つい先日終えたばかりの新入社員の研修や、店舗責任者クラスの研修を担当したり、年に数回行うモニターによる覆面調査の結果を集計したり、その結果を現場にフィードバックして改善指導を行う、というようなことをしています。
もう一方で、メイン商品のひとつである生ビールの品質で他に負けるわけにはいかないので、提供技術や品質管理の講習会なども、私が責任者として担当させていただいています。来月から全国を回る予定ですが、必要な店舗に関しては、実際に現場に入って洗浄作業をすることもあります。31年間、現場一筋でやってきましたので、いずれまた現場に戻りたいと思っています。
Q. ソムリエや利き酒師、焼酎アドバイザーといったお酒関係の資格を多数取得されていますが、そのような資格を取ろうと思ったきかっけは?
ただお酒が好きなだけです(笑)。実は、最初に取得したお酒関連の資格はソムリエなんですよ。横浜のスカイビルにある洋食店のマネージャーだった時に、第何次かのワインブームで、お客様がとてもワインに詳しかったんです。でもプロとしてお客様に負けるわけにはいかない。それで勉強を始めて、始めたからにはソムリエの資格を取ろうじゃないかと。1998年だったと思います。
ソムリエの試験には受験勉強のような暗記ものと、テイスティングという実技があります。とにかく暗記することが山のようにあるんです。フランス語とイタリア語とドイツ語をカタカナ訳したものを、ワインの名前,地域名など全部頭の中に入れなければいけないわけです。
それは、英単語を覚える作業に近いものがありました。それに対して、テイスティングというのは数をこなさなくてはいけない。私は受かるまでに1年間で300本くらいワインを飲みました。全部飲んでしまうと感覚が麻痺して他のワインの味がわからなくなるので、口に含んでは吐き出します。だからソムリエになって一番嬉しかったのは、「これで普通にワインが飲める」ということでした。
Q. たくさんのお酒を実際に飲んで記憶するのは、とても大変な作業だと思います。ご自身で工夫されていることはありますか?
利き酒師の試験の時もそうでしたが、1つのワインや日本酒をテイスティングしたら、データだけではなく、どんな料理と相性が良いかという具体的なメニューや、自分の店で提供するとしたらどんなセールストークをするかなど、項目別にまとめたシートを作っているんです。どんな香りで、それは例えると何の香りで、外観や味わいの良さなども書き留めます。だからゆっくり飲めないわけなんですよ。
テイスティングというのは、誤解を恐れずに言えば「鼻と舌」でするもの。ワインの場合、外観というものがものすごく大事。傾けて見たときのグラデーションで、年代やぶどうの品種など三分の一くらいの情報がわかるんです。それに対して日本酒は、外観だけではなかなか教えてくれない。利き酒に関しては、鼻と舌をどれだけ鍛えるかということが重要です。鼻と舌を鍛えることによって、香りと味わいの要素の引き出しを自分の中にどれだけ貯められるか。私はスーパーに行くと、怪しまれながらも果物の匂いをクンクン嗅いで歩いています。家に帰ると、部屋の中にはデパートのハーブ専門店で買ってきたハーブティーが40種類くらい置いてあります。30gずつくらい小瓶に入れていて、それをチェックしながら「これはユーカリ」など頭の中に入れて行くんですね。
例えば、「酸味」という味わいひとつも、爽やか、鮮やか、生き生きしている、躍動感がある、シャープ、キレがいいなど、いろんな酸味をどんどん引き出しに入れていく。実際に利き酒するときは、その引き出しから取り出しながらコメントをしているだけなんです。だから、その引き出しをいかに多く持つかが訓練の分かれ目なんですよ。
Q. ソムリエの資格を取得されてから、どのようなきっかけで日本酒の世界へ足を踏み入れることになったのでしょうか?
ソムリエを取得したときは横浜勤務でしたが、その後に大阪に転勤になりました。さらに神戸へ転勤となり、となりの西宮に居を構えました。西宮といえばご存知の通り、六甲山があって「宮水」と呼ばれる六甲からの伏流水の発祥の地なんです。灘五郷と呼ばれる有名な日本酒の蔵が山のようにあるエリアだったんですね。それこそ自宅から自転車で行けるような距離にたくさんの蔵があったので、休日になると見に行くようになりました。
そして日本酒作りの「美しさ」に取り込まれたんです。さらに、自分は日本人でソムリエを名乗っているけれど、外国人に日本酒の説明もちゃんとできずにいるのはどうかと。日本酒もワインも同じ醸造酒で、料理と合わせるのも一緒。そのようなこともあって自然に日本酒に入り込み、のめり込んでいったというのが実際のところです。
焼酎アドバイザーやチーズコーディネーターなどいろいろ資格を持っていますが、全てはここから派生していっただけなのです。例えば、日本酒とチーズってすごく相性がいい。そうするとチーズのことも知らなきゃいけないという気持ちになって。日本酒は国酒というけれど、焼酎も国酒でしょ。だったら知らなきゃいけない、という感じです。ちょうどその頃は仕事もノッている時期で、知識欲が止まらなくなっていたように思います。資格そのものよりも、資格を取る過程で学んで知識を吸収していくことが快感だったんです。
2度目のチャレンジで利き酒師の世界一に!
Q. 世界利き酒師コンクールでの優勝した時のエピソードや苦労話などがあれば、教えていただけますか?
簡単に言うと、嬉しかったのは優勝したときだけで、それ以外は全部苦労だったというのが正直なところですね。日々特訓している状態が続けられなければ、決して成し遂げられなかったと思います。初めて挑戦した2000年はアイリッシュパブで働いていた頃で、近畿ブロックの代表として出場しました。会場はお台場にあるメディアージュ。いろいろありつつもファイナルリスト5人までは進めたんです。最終は公開審査で行われ、広い会場にはマスコミも含めて200人以上の人たちが集まり、大きなステージの模擬テーブルでパフォーマンスをするというものでした。結果的に非常に悔しい思いをしたわけですが、まずは場慣れしていなければダメだと思い知りました。その時に優勝したのはテレビにもよく登場している、タレント的なソムリエの方だったんですね。そういう度胸もつけなければいけないんだと。あとは、イレギュラーな切り替えしがいろいろあったので、それに対応する能力も足りないのかなと。でも一番は、根本的なテイスティングの訓練をしなきゃいけないと思い知りました。
だから2度目の挑戦では、テイスティングを一番強化しました。どんな表現をして、それを言葉に表し文章化するという訓練をしました。コンクールでは10種類の日本酒がブラインドで出てきて、テイスティングは10分間。「このお酒についてコメントを述べてください」、「これには何の料理が合いますか?」、「これは何度で出すのがふさわしいか、実際にその温度でお燗につけてください」、と言われます。2度目のチャレンジのときには、徳利を触っただけで何度かわかるようになっていました。事実、公開審査では「人肌程度の35度で出す」というお酒が出されましたが、私が作ったお燗は35.2度でした。これらのことに加えて、1日2時間で20種類くらいのお酒をテイスティングし、それでも鼻と舌を常にフレッシュな状態に保つための訓練も。そうやって自分なりに経験と鍛練を積んだことで、2回目は運良く優勝できました。私的にはリベンジを果たせた瞬間ということで、一番嬉しい瞬間でしたね。
今でも癖というものは抜けないもので、どこへ行っても物の匂いを嗅いでしまう。ハーブのセットも家に置いてありますし、家で酒を呑んだときもそれを記録に残すということは継続しています。気楽に飲むのはビールにしておいて、家で一発目に飲むのは日本酒。先に爽快感を得てしまうと、その後の日本酒の味がわからなくなってしまうので。だから私の中では「とりあえずビール」ではなく「とりあえず日本酒」です。
Q. 優勝したからこその苦労というのは、その後ありましたか?
特にありませんね。ただ、質問を受けることが多くなりました。「佐藤さん、美味しい日本酒を教えてもらえませんか?」って。実はこれ、一番困る質問ですね。私が好きなお酒をその人も好きとは限らないわけですから。例えば、シャブリと生牡蠣の組み合わせは最高だとよく言われますが、シャブリという辛口の白ワインは、生牡蠣の磯香りを上げさせる働きはあるんですよ。ということは、あの磯香りが嫌いな人にとっては、それを勧められるのが悲劇以外の何物でもない。だから、その人にとって美味しいと思えるようなお酒を勧めるためには、逆に私からインタビューをしていろいろ聞き出さなければいけません。誰かに聞かれる度に、そういう受け答えを繰り返していたのが大変でしたね(笑)。
Q. 人生の大きなターニングポイントはいつでしたか?
強いて言えば、西宮に住んだことですね。あの環境に身を置いたことで日本酒の魅力にのめり込んでいった部分が大きいですから。日本酒というのは麹菌と酵母という微生物が織りなす世界ですけれど、その製造過程が美しいんですよ。麹カビが繁殖したところとか、特に美しいですよね。酒蔵が出しているDVDの映像を家で見ることがありますが、その映像をつまみにしながら酒が呑めますからね。それくらい美しいですよ。綺麗だなと思いながら幸せな気分になれます。
日本酒を自分で選んで買う勇気をもってもらいたい
Q. 今後、日本酒に関してやってみたいことや目標はありますか?
それほど大きな夢はないんですけれど、いつも思っているのが、日本酒をもっと身近に感じてもらえるようなお手伝いをするということ。日本酒って、ラベルを見てもまだまだわかりづらいところがありますよね? 何が自分に合うのか、ぱっと見では一般の方にはわからない部分があると思うんです。だから日本酒の素晴らしさや魅力をできるだけ平易な言葉で伝えて、それを聞いた人が「じゃあ今日の帰りにこれを買ってみようかな」という気持ちになってもらいたいです。
あとは、世界的には和食のブームがまだまだ広がっているので、そのブームに乗って、もっと日本酒を海外の人に広めていくチャンスがないかなと思っています。国内外で日本酒の伝道師的な活動を、機会があればやってみたいと思います。肩の力を抜いて。現場にいた頃、店のスタッフにもよく言っていたことなのですが、「お酒についての説明をするときに、専門用語は絶対に使ってはいけない」と教えていました。いかに自分の言葉、やさしい言葉に置き換えてお客様に伝えるか。そして「それ飲んでみたいわ」と言ってもらえれば勝ちです。日本酒は、基本的にはお米と水だけでできているもの。その簡単な原材料に蔵元の思いがぐぐぐっと入ることによって、香りと味わいにはこんなにもバリーエションが生まれる。その素晴らしさをわかってもらいたい。もっと言えば、その話を聞いた人に自分で日本酒を選んで買う勇気を持ってもらいたい。その勇気を与えてあげたいと思っています。
Q. 日頃大切にしていることや、信念はありますか?
企業の中においては「上司に厳しく部下に優しく」ということを常に思っています。テイスティングなど人にお酒について伝える場合は、「自分の感じたことに絶対に正直である」というのが私の鉄則です。誰かの言うことや、本やネットに書いてあることが自分の感想と違っていても、絶対に惑わされないこと。自分の鼻と舌で感じた真実を正直にコメントするよう心がけています。そのために勉強も訓練もしてきたつもりですし、自分の中にちゃんとした味わいの基準を持っているので。ただし、「こんな表現や考え方もあるんだ」と、マイノリティの意見には必ず耳を傾けるようにしています。
Q. 今までのご経験で、今だから話せる失敗談はありますか?
横浜のお店で働いていた頃、当時29歳くらいだったと思います。若い女性向けのファッションビルの上層階にお店を出すことになりました。ビル自体が新規オープンで、周りにはパスタやデザートなど、若い女性やカップルをターゲットにしたようなお店が多かったんです。かたやライオンは、今でこそいろんなタイプの店がありますが、当時は今以上にオヤジの店という印象が強かった頃です。お店の看板も黄色に黒文字。「これは違うな」と感じた私は会社に相談もせずに、業者に頼んでパステル色のブルーとイエローに変えてしまったんですよ。ライオンはライオンなんですけれど、可愛らしいライオンの看板に。「お前は何を考えているんだ」と怒られた記憶があります。まあ、若気の至りですね。
Q. 日本酒は飲みやすくて、ついハイペースで飲んでしまい失敗をしたという経験のある方が多いと思うのですが、日本酒の上手な楽しみ方を教えていただけますか?
日本酒は、作り方の関係でアルコール度数が16や17度と高くなります。でもワインは製造や発酵過程が日本酒より単純なこともあり、アルコール度数は高くても14程度。アルコール度数の3度くらいの差って、食事をするときにはものすごく大きいものです。私の中では、度数が15を超えたら、食中酒としては成り立たないと思っています。要するに酔っ払ってしまうから。ワインが食中酒として日本酒より好まれる理由はそこかなと思います。
上手な日本酒の飲み方として、ふたつの方法があります。ひとつめは自分の好みの水を脇に置いて、日本酒を飲みながら途中でその水を飲むこと。お酒を水で割らずに、交互に飲む。我々はそれを「やわらぎ水」と呼んでいます。これで悪酔いは避けられます。それともうひとつ。最近増えつつあるのが、原酒でありながら度数を13程度に抑えた日本酒が登場しているので、それを選ぶこと。通常日本酒の原酒は18度を超えるものも多く、それを仕込み水で加水することによって度数を落とし、市場に出しています。原酒で度数が低いタイプなら、食中酒に最適な度数でありながら原酒としても味わいの要素が崩れていない。このような日本酒は今後、若い人や女性、そして海外も視野に入れたときに、勝負していくためのひとつの形として有効かもしれませんね。
Q.日本酒の楽しみ方について、ippinユーザーのみなさんにメッセージをお願いします。
私はおかげさまでワインと日本酒の勉強をしているので、休日の朝に冷蔵庫を開けて、飲み残しのお酒やワインがあったとしたら、「このお酒にあの料理を合わせたら絶対に美味しい」というのがわかります。逆に、何か食材があれば「これであの料理を作って、あのワインを買ってきたら合う」というのもわかるんですよ。食の楽しみって、そうやって知識によって広がる部分があるので、日本酒とチーズのマリアージュを知れば、その人の人生はどんどん楽しくて豊なものになっていくと思います。
ぜひやってみていただきたいのは、近頃はスーパーの食品売り場に行くといろんな種類のチーズが売られていますよね?その中からイタリアのチーズ ゴルゴンゾーラのピカンテと、どれでもいいから日本酒の大吟醸酒を買ってきて、しっかり温度を10度くらいに冷やして合わせてみて欲しいですね。びっくりしますよ。こういう世界もあったんだって。大吟醸酒は香りがフルーティで、甘みはエレガントで上品。酸味もあります。ただし、お米をたくさん磨いているので、綺麗な味ではあっても旨味が控えめなんですね。それに対してゴルゴンゾーラはねっとり濃厚な旨味。それで塩気も強い。青カビのペニシリンのビリビリ感もあります。これが口の中で合わさることで四味の一体感が出来上がるんですね。食べる楽しみがぐっと広がっていくのを感じていただけると思います。ぜひお試しください。
【プロフィール】
株式会社サッポロサイオン 営業本部 営業部 CS推進室室長。飲食業界に携わり30年以上のキャリアを持ち、ビヤホール、ブラッスリー、居酒屋、焼肉店、トラットリア、アイリッシュパブ、大型バーベキューレストラン、北海道料理店など、様々な業態の飲食店を渡り歩く。その一方で、「ソムリエ」「利き酒師」「焼酎アドバイザー」「酒匠(さかしょう)」など、お酒に関わる様々な資格を取得。2006年に開催された「第2回世界利き酒師コンクール」では、2度目のチャレンジで優勝を果たす。本業の合間には、これまで得た知識と経験をもとに、SSI (日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会)主催による、日本酒の利き酒師講習会で講師役なども務めている。http://ameblo.jp/sake-taster/
SSI認定 日本酒専任テイスター、S.S.A認定 シニアソムリエ
※掲載情報は 2016/04/16 時点のものとなります。
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