伝説のティーブレンダーが日本に合わせて作った紅茶ブランド「フィーユ・ブルー」

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伝説のティーブレンダー熊崎俊太郎が日本の水に合わせて作った紅茶ブランド「フィーユ・ブルー」

伝説のティーブレンダーが日本に合わせて作った紅茶ブランド「フィーユ・ブルー」

旅先の早朝。朝風呂に入った後、ホテルの窓際の椅子に座り、外の景色を眺める。何を見ているわけでもない。ただ、ぼんやりと。時に何時間にも及ぶこともある。そんな時、普段はコーヒー党の僕が淹れる紅茶がある。ドリップ式のコーヒーを淹れるより、ティーバッグの紅茶の方が持ち運びも含め、手軽ということもあるだろうし、長い時間を供にする飲み物としてコーヒーは刺激が強すぎ、紅茶の方が心をやわらかくしてくれるのである。

 

僕の場合、伝説のティーブレンダー熊崎俊太郎さんと出会ったことも大きかったと思う。

 

茶葉で淹れるより、ティーバッグの方が美味しいこと(三角のティーバックが開発されたことが大きいらしい)、お湯を先に注いでからそっと沈めるように入れること(ティーバッグに湯を注ぐのはご法度)、明治時代から昭和初期にかけ、日本は国策で紅茶を作り、世界有数の紅茶輸出国だったことなど(近年、全国各地で若者が再び作り始めているそうだ)など、淹れ方から歴史まで僕は紅茶に関して全て彼から学んだ。

 

イギリスで飲んだ時には美味しかったんだけどなぁ……と土産で買ってきた紅茶を帰国して淹れた際、思ったことがある。硬水に合わせてブレンドされた茶葉であることを、よく理解していなかったのだ。

 

ご存知のように日本は軟水で世界屈指の美味しい水である。だからこそ、日本の水に合った紅茶をブレンドする技術は難しい。その状況の中、あえて熊崎さんは日本の水に合う紅茶のブレンドに挑んできた。先日、お目にかかったら、既に茶道ならぬ紅茶道に身を置いて三十年になるそうだ。

伝説のティーブレンダーが日本に合わせて作った紅茶ブランド「フィーユ・ブルー」

そんな彼の五感から出来上がった紅茶は一口目で「香り」と「美味しさ」の感動を味わうことができる。厳しいことを言えば、それはどの飲み物、食べ物でも経験があるので珍しいことではない。紅茶の場合、ここからが難しい。飲み続けるため、邪魔をしない存在であることも要求される。だから料理にも合わせられるのだ。彼がブレンドする紅茶は、それらを両立させた、おもてなしの心が詰まった芸術的な飲み物なのだ。

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フィーユ・ブルー

※掲載情報は 2017/01/06 時点のものとなります。

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イシコ(石原英一)

旅行作家・エッセイスト

イシコ(石原英一)

1968年岐阜県生まれ。静岡大学理学部数学科卒業後、大道芸を使った子供ショーをしながら全国を行脚する生活を10年程続ける。2003年(有)ホワイトマンプロジェクト設立。5年間限定で国内外問わず50名近いメンバーが顔を白塗りにすることでさまざまなボーダーを取り払い、ショーや写真を使った表現活動や環境教育を行う。一方、女性ファッション誌編集長、WEBマガジン編集長を経て、「MONOマガジン」や「散歩の達人」などに連載を持つようになり、エッセイストとしての活動を始める。2008年から2009年まで「SKYWARD」、「SANKEI EXPRESS」、「nakata.net」など新聞、雑誌、WEBに「旅」や「食」をテーマにした連載やブログを持ちながら世界一周。
帰国後、岐阜県安八町に移住し、ヤギと暮らしながら、「旅」と「散歩」をテーマにWEB、書籍、テレビ、講演、商品プロデュースなどを通して表現している。著書に「世界一周ひとりメシ」(幻冬舎文庫)、「世界一周ひとりメシ in JAPAN」(幻冬舎文庫)、「世界一周飲み歩き」(朝日文庫)がある。

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