奥ゆかしき哉、日本の辛味

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日本古来の香辛料を使った上品な味わい

「料理を際立たせる仕組みの最たるものはその土地に自生する香草であり、それを乾燥させた香辛料であるというのが、わたしの持論である。香りとは、土地の精霊が人間に畏くも賜った何者かであるのだ」(『ひと皿の記憶 食神、世界をめぐる』所収「日本の山椒」四方田犬彦著、ちくま文庫刊)。なるほど、確かに食材そのものの地域性というのもあるが、私たちが国や地域の独自性を感じるのは圧倒的に味付けであり、そこにはスパイスが多分に影響しているといえるだろう。カレーひとつとってもタイとインドでは使う香辛料が異なるということを思えば、このことは容易に理解できる。

 

今のように交通網が発達するはるか昔、自国で採ることのできない香辛料は大変貴重なものであった。貴重なものは金になり、それゆえ争いのもとともなる。貿易権や植民地支配を巡る戦いの背景には、香辛料取引の重要性という側面も見出せるのである。では、なぜそれほどまでに人は香辛料に惹かれてきたのだろうか?

 

ハウス食品グループが小中学校の「総合的な学習の時間」に学習プログラムの提供や講師派遣を行う「ハウスの出張授業」のウェブサイトでは、スパイスにまつわるあれこれがわかりやすく記されているので、それを参照しながら簡単に香辛料の歴史を眺めてみると、紀元前4000年頃の古代エジプトではクミン、アニス、マジョラムが王侯貴族のミイラ作りの際に防腐剤として用いられていたという。後にシナモンが輸入されるようになるとそれがミイラ作りに使われた。紀元前1000年頃から編纂されたバラモン教の聖典『ヴェーダ』には、医師たちがナツメグを医薬品として使用していると記載があるということである。古代中国でも香辛料は総じて薬であった。

 

一方で、古くから現在のように調味料的に使われたスパイスもあった。胡椒である。古代インドの一大叙事詩『ラーマーヤナ』には「塩と胡椒で食べる」という記述があるというし、古代ローマ人は肉に胡椒を振って食べるのを好んだそうである。胡椒には味覚、嗅覚に作用する効果ももちろんあるが、防腐作用もあり、今のように冷蔵庫がない時代においては、食肉の保存に用いられた。その後、12世紀以降の十字軍遠征によりアジア産の様々な香辛料がヨーロッパにもたらされたが、それらはまだまだ富裕な王侯貴族たちのものであり「貴重で高価な香辛料をふんだんに使った料理を提供することは富と権力の誇示であった」(『物語 食の文化』北岡正三郎著、中公新書刊)。

 

翻って我が国に目を移すと、聖武天皇の御遺物などを光明皇后が東大寺に奉納した「正倉院御物」には、シナモン、クローブ、甘草、麝香のほか、152粒の胡椒も含まれている。高貴な方の御遺物とともに収められているということは、これらが当時珍重されていたことを物語っているといえるだろう。前述のものは日本でも薬として使われていたという。面白いのは胡椒にあてられた漢字で、「胡」の字は外国から渡来したものに使われる。一方「椒」は「はじかみ」と読み、こちらは山椒の古名。つまり胡椒は外国からやってきた山椒みたいなもの、ということになるのである。

 

古名があるということは、当たり前だが山椒は古くから日本にある香辛料だ。遡ると縄文時代から香辛料、また和漢薬として利用されていたという。若葉は「木の芽」という名前でよく知られている。使うときに手のひらでパンッと叩くのは、葉にある油点が潰れると芳香を放つためである。花は「花山椒」と呼ばれ、醤油で炊き上げて佃煮にすると爽やかな風味がある。出回る季節は春に限られる。

 

一般的に山椒といわれてイメージするのは、鰻の蒲焼に振る粉状のものだろう。これは熟した実の皮部分を粉にしたもの。七味唐辛子に含まれるのもこの粉山椒だ。実の方は、佃煮にしたり、ちりめんじゃこと混ぜてちりめん山椒にしたりして食される。粉山椒だと脇役感が強いが、ちりめん山椒となるとぐっと存在感が増す。ちりめん山椒はいろいろなところで出しているが、今回は「京都 やよい」のものを選んだ。

奥ゆかしき哉、日本の辛味

京都 やよいは祇園下河原に本店を置く京風佃煮の店。本店は数寄屋造の落ち着いた店構えだが、この建物は1994年(平成6年)に建てられたそうだ。創業も1982年(昭和57年)と比較的若い店ではあるが、それでもすでに34年が経過している。公式ホームページによれば、「祇園界隈のお茶屋さん等のお土産にお使いいただき徐々に広まり今日に至ります」とある。味にうるさい祇園のお茶屋を客に持つということからも、その丁寧な仕事ぶりがうかがえるだろう。ここのちりめん山椒は「おじゃこ」と呼ばれていて、九州および四国産のちりめんじゃこと丹波の実山椒を京都の地酒と調味料でふっくらと炊き上げたもの。炊きから乾燥まで手作業である。

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ふっくらと炊き上げたと書いたが、ふっくらしているのはもちろん、しっとりとしながらもぱらぱらとしていて、味わいもマイルド。塩気が強くないので、実山椒のきりりとした辛さが際立つのがいい。白いごはんに合うのはいうまでもないが、この季節なら冷奴にのせ、少しだけ胡麻油を垂らしていただくのもよさそうである。

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ところで、冒頭に引いた四方田犬彦の「日本の山椒」の終わり近くには、山椒が日本料理から消えてしまうのではないかという危惧が記されている。どうして消えてしまうのか?それは唐辛子の刺激的な辛さが山椒を駆逐してしまうと考えたからだ。「それ(引用者註:唐辛子のこと)は奥ゆかしくもいささか内気なところにある山椒の領土に断りもなく侵入し、たちまちのうちに覇権を握ると、その強烈な辛さによって周囲を席巻してやまない」。なるほど確かに激辛ブームが衰える気配は今のところなさそうではあるけれど、こと山椒に関していえば、この本が書かれた2013年から3年を経てもなお健在といっていい。これは、山椒が激辛ブームどこ吹く風と我が道を行ったということを端的に指し示している。要は別の土俵で勝負しているといったところだろうか。無粋にドバドバ大量に使い、辛さを増していかずとも十分な存在感があるのが山椒の持ち味。唐辛子とはそこが違うのである。

 

こう書くと唐辛子が悪者のように、そして山椒と仲が悪いように思われるかもしれないが、先にも記したように七味唐辛子では唐辛子と山椒は仲良くひとところに収まっていることを申し伝えておきたい。浅草は新仲見世商店街の「やげん堀」では唐辛子や山椒などを好みのバランスで調合してくれる。

※掲載情報は 2016/08/18 時点のものとなります。

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青野賢一

BEAMSクリエイティブディレクター

青野賢一

セレクトショップBEAMSの社長直轄部署「ビームス創造研究所」に所属するクリエイティブディレクター。音楽部門〈BEAMS RECORDS〉のディレクターも務める。執筆、編集、選曲、展示やイベントの企画運営、大学講師など、個人のソフト力を主にクライアントワークに活かし、ファッション、音楽、アート、文学をつなぐ活動を行っている。『ミセス』(文化出版局)、『OCEANS』(インターナショナル・ラグジュアリー・メディア)、『IN THE CITY』(サンクチュアリ出版)、ウェブマガジン『TV & smile』、『Sound & Recording Magazine』ウェブなどでコラムやエッセイを連載中。

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