盛夏には水菓子の菓子を

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手土産にもいい季節限定のフルーツゼリー

確か高校一年のときだったかと思うが、家での食事の前にフルーツを食べていた時期があった。なんのことはない、当時観た映画に影響されたのだ。

 

劇場映画監督デビュー作『の・ようなもの』(1981年)が一部で話題となり、松田優作主演の『家族ゲーム』(1983年)で高い評価を得た森田芳光が、『家族ゲーム』に続いて制作した『ときめきに死す』(1984年)は、沢田研二、杉浦直樹、樋口可南子の三人を中心に、静かに進む物語から一転、衝撃的なラストシーンになだれ込むという作品である。この映画のなかで、沢田研二扮する工藤は必ず食事の前にフルーツを自前のナイフで切って食べていたのだが、それが十代なかばの自分にはなんとも格好よく映った。そんなことから、映画を観た後しばらくはそれにかぶれて真似していたのだった(ナイフはコレクションしなかった)。

 

フルーツ=果物であるのは自明だが、暑さ厳しい季節には「水菓子」と書くほうが涼しげである。NHKオンライン「NHK放送文化研究所」の「最近気になる放送用語」に書かれている水菓子についての説明を見ると、もともとは正式な食事以外の軽い食べ物全般を指す「くだもの」「菓子」ということばがあり、「これが江戸時代ごろになると、『菓子』ということばが『人が手を加えて甘く作った食べ物』のことだけを限定的に指すように変化しはじめ」る。つまり、かつては(今でいう)菓子、果実類、酒のつまみなどが総じて「くだもの」「菓子」と呼ばれていたのが、江戸時代に変わったということだ。そして江戸時代には「果実類を指す場合には、上方では『くだもの』、江戸では『水菓子』ということばが使われるようになった」。ちなみに、現在では水羊羹や葛餅などを水菓子と称する場合があるようだが、先の「最近気になる放送用語」によれば、専門分野、専門業界で用いられることがある、という感じで、使うなら注釈をつけた方がよいだろうと記されている。水菓子ということばそのものも、今やあまりポピュラーではない。しかし、とりわけ夏のフルーツたちは、その瑞々しさから水菓子と呼ぶのがふさわしいように思うのだがいかがだろうか。

 

「庄太郎は町内一の好男子で、至極善良な正直者である。ただ一つの道楽がある。パナマの帽子を被って、夕方になると水菓子屋の店先へ腰をかけて、往来の女の顔を眺めている。」「あまり女が通らない時は、往来を見ないで水菓子を見ている。水菓子にはいろいろある。水蜜桃や、林檎や、枇杷や、バナナを綺麗に籠に盛って、すぐ見舞物に持って行けるように二列に並べてある。庄太郎はこの籠を見ては綺麗だと云っている。商売をするなら水菓子屋に限ると云っている。そのくせ自分はパナマの帽子を被ってぶらぶら遊んでいる。」

 

これは、夏目漱石『夢十夜』の「第十夜」、庄太郎が女のところに水菓子の籠詰めを運んでいったきり、7日目の晩まで帰ってこなかったという話の冒頭部分である。パナマ帽ということだから、着ている服もサンドベージュのリネンのスーツや白いオープンカラーシャツだろうか。全体的に夏めいた白っぽい印象の場面にあって、店先の水菓子だけが色鮮やかに浮かび上がる。ご存知のように、帰ってきた庄太郎は熱に浮かされ床に就いてしまった。「庄太郎は助かるまい。パナマは健さんのものだろう」。

 

また樋口一葉の「にごりえ」にもこんな描写がある。
「ついと立つて椽(えん)がはへ出(いづ)るに、雲なき空の月かげ涼しく、見おろす町にからころと駒下駄の音さして行(ゆき)かふ人のかげ分明(あきらか)なり、結城さんと呼ぶに、何だとて傍へゆけば、まあ此処へお座りなさいと手を取りて、あの水菓子屋で桃を買ふ子がござんしよ、可愛らしき四つばかりの、彼子(あれ)が先刻(さっき)の人のでござんす」

 

丸山福山町(現在の文京区西片。樋口一葉終焉の地でもある)の銘酒屋(表向きは銘酒を売っているが、実は私娼を抱えて営業していた店)「菊の井」のお力という女と客の結城、そしてかつて客としてお力に入れ込んで、その結果身を滅ぼした妻子持ちの源七という三人の物語が「にごりえ」だ。先に引いた箇所は、お力と結城が縁側から源七の子供を見ているシーンである。このしばらく後に「ああ今日はお盆の十六日だ」という記述があるので、夏の出来事であるのがわかる。秋には秋の、冬には冬のフルーツが店先に並んでいたのであろうが、水菓子屋は夏の方が実に絵になるように思う。

 

現代の水菓子屋つまりフルーツ店で売られている季節のものはもちろん素敵に美味しいだろうが、それをそのままここで紹介するのも芸がない。では水菓子を使った菓子だ。そう考えて思いついたのが、洋菓子店「マッターホーン」のフルーツゼリーである。マッターホーンは1952年創業。東急東横線学芸大学駅にて1店舗主義を貫き営業している。店を訪れたことがない方でも、画家・鈴木信太郎の絵があしらわれた包装紙やパッケージを見れば、あぁこれか、と膝を打つのではないだろうか。

 

盛夏には水菓子の菓子を

フルーツゼリーは3種類。オレンジ、グレープフルーツ、グレープとある。単品でも販売しているが、それぞれひとつずつ入った詰め合わせ(900円)を買い求めた。箱を開けると小さなリボンの結ばれた、子供の_こぶしくらいの大きさのゼリーがきゅっと収まっている。冷やした方が断然美味いので、ひとまず冷蔵庫へ。

盛夏には水菓子の菓子を

ほどよく冷えたところで封を切る。ゼリーではあるが、果肉と果汁もしっかり入っているので、底の浅いグラスに移すといいだろう。世の中のフルーツゼリーは、プラの容器に入っていて蓋を取ればそのまますぐに食べられるというものも多いが、こうして器に移すという一手間が目にも涼しい効果を生むのである。写真はグレープフルーツのゼリー。果物本来の味を生かしていて、爽やかな酸味がある。当然、オレンジ、グレープにも果汁と果肉が入っているので、好みや気分で選んでみてはいかがだろう。

盛夏には水菓子の菓子を

詰め合わせはこの3個入りのほか、6個、9個、12個入りとある。夏の手土産に果物というのはなかなか粋だが、重たいのと足が早いのが気になるところ。その点マッターホーンのフルーツゼリーは生の果物よりは多少日持ちもするので、受け取る側にも気を遣わせずに済む。持って行った側は豚に舐められずに済む。パナマも手放さなくていい。

※掲載情報は 2015/07/20 時点のものとなります。

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キュレーター情報

青野賢一

BEAMSクリエイティブディレクター

青野賢一

セレクトショップBEAMSの社長直轄部署「ビームス創造研究所」に所属するクリエイティブディレクター。音楽部門〈BEAMS RECORDS〉のディレクターも務める。執筆、編集、選曲、展示やイベントの企画運営、大学講師など、個人のソフト力を主にクライアントワークに活かし、ファッション、音楽、アート、文学をつなぐ活動を行っている。『ミセス』(文化出版局)、『OCEANS』(インターナショナル・ラグジュアリー・メディア)、『IN THE CITY』(サンクチュアリ出版)、ウェブマガジン『TV & smile』、『Sound & Recording Magazine』ウェブなどでコラムやエッセイを連載中。

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