“おまけ”が美味しい、名店のカステラ

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カステラは“底”や“端”が美味しい

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子供の頃、絵本「ぐりとぐら」の「カステラ」に憧れた記憶を持つ人は多いのではあるまいか。私もその一人で、二匹のネズミが大きなフライパンでカステラを焼きあげる絵は、幼心にも多大のインパクトがあった。

 

カステラを食べる機会など珍しい時代だったが、たまに遊びに行った先でご馳走になることがあれば、絵本で妄想を膨らませたほどの感動は得られず、なにか釈然としない心持ちとなった……。という経験を持つ人も(きっと)多いに違いない。

 

カステラの食感は、ふわふわ、ふかふかしていて、風味も軽いものだから、「まったりとした」濃さや、「ガツン」とくる強さは味わえない。それゆえか、クリームがたっぷり乗ったケーキなどに比べると、頼りないというか、淡すぎる印象がある。もしかしたら世の中にはもっと美味しいカステラが存在し、単にそれを知らないだけなのか、そもそもカステラはこの程度の食べものなのか……。私にとってはけっこう長い間の懸案であった。

 

しかし、「坂本屋」のカステラを知って、その両方とも「ある程度」事実だったと、ほぼ確信と似た考えを抱くようになった。

お目当ては、実は“脇役”

“おまけ”が美味しい、名店のカステラ

「坂本屋」は明治三十年に四谷で産声を上げ、いまなおこの地で商いを続ける老舗「御菓子司」だ。私は十六年前に四谷に転居し、お客様のおもてなしや、手土産に使える茶菓子を探していて、「坂本屋」と出逢った。

 

初めてそのカステラを食べたとき、べつに「どっひゃーっ!」と感激した、わけではない。決して人を驚かせるような味ではないが、良い意味で「ふつうに美味しい」カステラだと思った。そうしてお客様用に買い求め、ついでに自分でも食べているうち、その只ならぬ魅力の奥深さに目が開いていった。

 

老舗の円熟と職人の矜持を漂わせた味わいは、往年の名コピー「何も足さない、何も引かない」というフレーズを思い起こさせ、カステラの模範解答を見るような趣さえある。そして嬉しいのが、「おまけ」。何かと言えば、焼き上がったカステラが綺麗な長方形に整えられるとき、必然的に生じる「切れ端」である。これを一つ、二つ、さっと包んで渡してくれる。

 

「切れ端」は「本体」よりも味が凝縮している感じ。わが家ではむしろ、切れ端の方が奪い合いになる。あの、「ぐりとぐら」でイメージしたカステラの味に近いような気がする。考えてみればカステラを食べるとき、頭と底の茶色い部分や、底にまぶされている「ざらめ」--すなわち「脇役」--が、実はお目当てだったりする。映画やテレビドラマを見るときでも、「脇役」の演技が楽しみという場合は決して少なくないと思う。

 

レッド・ガーランドの「GROOVY」というアルバムは当然、彼のピアノが主役だけれど、私がこれを聴こうと思うとき、お目当てはポール・チェンバースのベースに他ならない。第一曲目「C-JAM BLUES」では、ガーランドのピアノがひとしきり続いた後、「いくぞーっ!」といった勢いで、チェンバースのソロが始まる。

 

私のジャズの知識などたかが知れているが、ずっと、これ以上のベースソロはあるのだろうか…と思っていた。そうしたらジャズマニアで知られる村上春樹氏が、素敵なウッドベースが聴ける名盤を教えてください、というファンの質問に対して、ピンポイントで「GROOVY」の「C-JAM BLUES」と答えておられ、大いに意を強くしたものである。

 

そういえば氏の「ノルウェーの森」でも、むしろ脇役が活き活きとしている印象があった。坂本屋のカステラ(とその「おまけ」)を召し上がった感想を、ぜひ訊いてみたい。

※掲載情報は 2015/07/03 時点のものとなります。

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キュレーター情報

横川潤

エッセイスト 文教大学 准教授

横川潤

飲食チェーンを営む家に生まれ(正確には当時、乾物屋でしたが)、業界の表と裏を見て育ちました。バブル期の6年はおもにNYで暮らし、あらためて飲食の面白さに目覚めました。1994年に帰国して以来、いわゆるグルメ評論を続けてきましたが、平知盛(「見るべきほどのものは見つ)にならっていえば、食べるべきほどのものは食べたかなあ…とも思うこの頃です。今は文教大学国際学部国際観光学科で、食と観光、マーケティングを教えています。学生目線で企業とコラボ商品を開発したりして、けっこう面白いです。どうしても「食」は仕事になってしまうので、「趣味」はアナログレコード鑑賞です。いちおう主著は 「レストランで覗いた ニューヨーク万華鏡(柴田書店)」「美味しくって、ブラボーッ!(新潮社)」「アメリカかぶれの日本コンビニグルメ論(講談社)」「東京イタリアン誘惑50店(講談社)」「〈錯覚〉の外食産業(商業社)」「神話と象徴のマーケティングーー顕示的商品としてのレコード(創成社)」あたりです。ぴあの「東京最高のレストラン」という座談会スタイルのガイド本は、創刊から関わって今年で15年目を迎えます。こちらもどうぞよろしく。

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